今野 芳彦
「ビタミンYOU元気が出るエッセイ」入賞の軌跡

2001年 『創刊号』
2002年 『桜花号』 『銀河号』 『風雅号』
2003年 『流星号』
2004年 『万緑号』
2005年 『春夢号』 『祭風号』 『白銀号』
2006年 『春夏号』 『秋冬号2点』

 

『読んでくれてありがとう』
 老いの長い道に、何か夢中になれる趣味を持たないと人生に退屈し、身も心も、そして脳も錆びが早いと仲間に忠告されたことがあります。そうかといって、余裕の無い懐を痛める趣味では身がもたない……。そんな時、鉛筆一本でできる暇つぶし、ボケ防止……「ビタミンYOU元気が出るエッセイ」募集と出会いました。
 以来、数年間お世話になり「今、私の趣味は雑文を書くことです」と素直に言えるし、書くことの好きな人を、皆、仲間と呼べます。
 自分の書いたエッセイに目を通してくれる人がいる。読んでくれる人がいる。これはすごく嬉しいことです。そして一人でもいい、ほんのわずかでも良い、心に元気の芽が育ってくれたなら、逆に私は「読んでくれてありがとう」と御礼を言いたいし、自分が選んだ趣味の道を今後も続けていく励みとなります。
 ふり返ってみると、自分の歩んできた年、四季、家族との交わりが活字として生き続け、自分史として心に残り、最高の想い出つづりの場となりました。
 あらためてこの出会いに感謝します。


タイトル
親父は泣かんぞ
家族愛には許容範囲があんのよ・・・父さんはドンブリ一杯。母さんは茶碗に一杯、妹はオチョコに一杯。それをお互いに注ぎ合う事でなりたつのよ。
明日がある
数年前、都会さ夢を抱いた娘は、その降りしきる雪の中さ大きく手を広げ「おらあ、この中さ青い鳥をつかむんだ」と、親の反対ば押し切って、勘当同然で田舎を飛び出して行った。
妻へ、白旗掲揚
彼女が、また、俺のパンツを買ってきた。まともな奴をと願っていたが、何と、今回は後ろに動物キャラクターのついたトランクスであった。
母の歌
母に面と向かって「ご免、ありがとう」と言えなかった自分。今までになって。何を今さら。でも、でも。御詠歌の流れとともに、山すその白い霞が晴れ、その中に、母の笑顔が浮かんできた。
故郷の空
飛んだシャボン玉の中に、故郷の懐かしい風景を思い浮かべる。
最後の一個、このシャボン玉には、故郷でしでかしたワルの、もう見たくない姿、過去を詫びる気持ちを詰めた。この一個だけは、無事に故郷まで飛んでいってほしい。
孫の味覚に拍手
視線が合った。食えっていうのか、この金魚、しかも紙だぞ。孫がニコッと笑みを浮かべ、醤油を注いでくれた。ここまでされると爺としては食わないわけにはいかない、
いかようにでも
職場の健康診断で「胃が荒れてるねえ」と医師より指摘された。
荒れていると言われても、大荒れなのか、小荒れのさざ波なのか判断に困り「どの程度の荒れなんでしょうか」と尋ねる。「カイヨウです」との返事、そうか、荒れ狂う海洋状態なんだと理解した。
これだけは
何年ぶりかなあ。メガネをかけ忘れちまって、怒るおまえの顔も霞んでみえた、目の前には、シワもシミも消えた美しい人がいたんで驚いたよ。これからは時々メガネは外すことにする。これは約束できる。間違いなく約束できる。
ホワイト繰り済ます
心の隅にあった不満と愚痴がポロッと出てしまったのだ。これが致命傷。即、彼女から三下り半の宣告を受け、恋の炎は鎮火した。このように根っからドジなもんで、恋の道に関しては数々の汚点を残している。後悔しても自分が選んだ女性だしなあ・・・。自慢じゃあないが、逆に選ばれたことなども無い。
旅路、慌てずとも
私は以前交通事故に遭い、三途の川縁まで行ったことがある。
そこを渡るために準備運動をしてたら「そんなに元気があるなら帰れ」と監視員に言われ、戻って来た身なのだ。
その時、対岸の閻魔御殿には赤十字の旗がなびいていたのを覚えている。
閻魔様も地獄も、時代の流れにのって人道博愛主義になったらしい。
夫の表心、妻の裏心
二十五年前の熟年夫婦なのに、最近、手、足、腰、愛までが冷え固まってきた気がする。お互い心を揉みほぐす時期なんだなあ、とりあえず揉んでやるとするか。しかし、どこが腰で、どこから尻なのか区別のつかない体に触れ、心にマイナス百度の寒気が走る。
天使の蜃気楼
看病と介護を併せ持ち、母に接するしぐさのなか、会話のなかにぬくもりを感じます。数多くの患者に接し、多くの生死に携わってきた心のゆとりからか、心の幅、深さを感じました。

戻る