41番目の幸運
―ステンドグラス製作30年―
新宮 薫氏

ステンドグラス製作をおよそ30年、今元気に後進の指導にもあたる新宮薫氏にお話を伺いました。

工房の正式名称は・・・。

アトリエ青山と呼ばれています。

ステンドグラスを始めたきっかけは?
30年近く前に大阪で戦前ステンドグラス工房をやっていた人に逢いました。

その人の手元に残っていた小さな作品のその見事さに魅せられて、私も作ってみようと思ったのがきっかけです。
 
その人のお話ではその当時、日本中でステンドグラスの職人の数は40人もいないということでした。

私がこの世界に入るきっかけは一番下手でも日本で41番目になれるという幸運があったからです。

日曜画家のように何万人? いや、もっともっといる中で千人の中に入ることだって至難なことと思いますが、とりあえず始めたとたんに41番目というのは私には魅力でした。

当時ステンドグラスの色板等原材料の入手が困難な時代でしたが、アメリカの銀行に勤めていたこともありまして、原材料をアメリカの業者から直接買えたということも好運だったと思います。

Butterfly」

現在の創作活動は?
製作に取りかかった当初から私はティファニーの魅力に取りつかれ(今でもそうなんですが)徹底的にティファニーを追っかけました。それが今まだ続いています。
 
それを作るため完全手作りのガラスを、アメリカへ行くたびに集めました。

しかし2年前にイリノイのミルウォーキーにありましたシュリッツ社が潰れて以来、今現在その種類のガラスを作っている業者は、世界から一つも無くなってしまいました。

そのシュリッツ社のガラスも含めてティファニーを作るためのガラス集めに没頭してまいりましたが、今はアメリカにもその手のガラスは無くなってしまいました・・・。

ティファニーを作る人にとっては冬の時代が来たような感じです。

私の今の仕事はパネルの製作依頼が続いていますので、80%はパネル製作、10%が楽しみとしてのティファニーランプ製作、あとの10%がティファニークラブでの製作指導に費やしている日々です。
「Virginian clipper」
これからの夢は?
趣味で始めたステンドグラス製作は、気がついた時私の本業になっていたというのも作ることが楽しかったからだと思います。
この楽しさをより多くの人に伝えていきたいと思っています。

依頼の仕事は少し控えてティファニークラブと教室での指導にウエイトをおきたいと考えております。

また歩いてきたアメリカのステンドグラスの情報の紹介などできれば、皆さまの参考になるのでは・・・と思っています。

(兵庫県発信)

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