インターネットを利用して「へき地・小規模校の交流を盛んにしよう」との目的でワークショップを作成した渡辺顕先生の『ビタミンYOU』に迫ってみました。
佐賀県の平之分校はどんな環境の場所にあるのですか?
作礼山の登山口近く、標高450m程の所にあります。
本校は、厳木(きゅうらぎ)小学校、平之分校は4つの分校のうちの1つです。(他の分校は天川・あまがわ、広川・ひろかわ、この2つは6年生まで、瀬戸木場・せとこば、ここは4年生まで)分校は1年生から4年生までですが複式学級なので1,2年級と3,4年級の2クラスでした。
それもごく少ない人数で、学年によっては欠学年がありました。そこに夫婦で勤務していました。
職員は、後は給食調理や校務を行う町の職員が1名、それに児童でした。給食はできたての熱々の給食をみんなで図書室兼ランチルームで食べていました。最高でも10名でしたから家族のようなものです。
春にはお花見、給食と称して外で食べたり、山菜や筍など自分たちで採ったり近所の方から貰ったりした物もおかずになったりすることがありました。一度だけ松茸を頂いて松茸ご飯が出たこともありました。
ここでは、地域の人たちがとても暖かく迎えてくれます。分校の子どもたちの成長をまるで我が子の成長のように喜んでくれます。年の初めには初会といって地区の人たちが会合を開かれます。
そこで、学習発表(劇や一輪車など)を行いますが、みんな一生懸命見て拍手をしてくれます。こんな観客の前で発表するのですから、子どもたちも発表するのが大好きになります。
私たちは、職員住宅に家族で7年間過ごしました。最初は夫婦と長男でしたが、2男も生まれ親子4人になりました。その7年間の間、夏にクーラーを使ったことがなく扇風機さえも風呂上がりにちょっと使うくらいでした。冬は確かに寒いのですが、ファンヒーターで十分過ごせる程度でした。
雪は1年に1〜2回は積もる時があり積もった時は雪合戦やそり、雪だるま作りなどをしました。平成9年の3学期の始業式の日は確か30cmも積もって休校になりました。
自然に恵まれ運動場に出てまわりを見渡すと心が癒されるそんな環境でした。うちの長男は1年生の時は平之分校に通いました。私たち夫婦で話合い、ここで勉強させたいと思って入学させました。
「分校が良いと言いながらも子供が一年生に入学する時には先生たちは異動してしまう。」こういわれていたのですが、分校のよさを子供にも私たち自身も再確認したかったと言うこともありました。
異動して引っ越すと言った時は、長男は「ぼくは平之分校がいい。」と泣きました。2男も「ぼくも平之分校に行きたかった。」と言い、私たちもつい涙しました。いまでも、平之が大好きでよく遊びに行っています。私の実家は、同じ町内で分校から車で6〜7分程度です。校区は厳木小学校、つまり本校の校区になります。
離れて2年目になりますが、今年も地区の運動会に呼ばれていきました。とても喜んでくれてみなさんがお酒やビールを持って元気でしたかと声をかけてくれます。
先生が分校で情熱ある試みをなさってきたこと
(ごんぎつね学習など)
ごんぎつねの学習は、平成8年度に県教育センターの半年間の研修に行った時に3年生1人という学習環境を向上させることはできないかと考えインターネットでの交流授業を考え行ったものです。まだ、インターネットはやっと実用という程度だったと思います。
教科書の教材文や学習に使うワークシートはWebに、交流はメールでと言うことで行いました。Webに載せているように結構な参加者があり、うちの分校の児童も考えを深めたり広げたりするのに大変効果的でした。
唐津市の学校、島の学校、山の平之分校でテレビ会議をしたことがありました。市の学校には地元の商店街が郊外のスーパーに押されて苦戦しているのを知って「夢の商店街計画」を、島の学校には「加唐島の観光マップ作り」を提案する授業を行いました。
メールやWebファックスなどを使って交流しながら最後はテレビ会議を行いました。顔が見えるというのがこんなに良い物かとその時は思いました。機材はNTTのフェニックスで多地点接続でした。
その他には、劇の練習は本分校合同の学習発表会(学芸会のようなもの)があり、そこでは必ず劇を練習し発表しました。役者になる児童は少ない年では3名、在任中で一番多くて7名くらいだったと思います。ですから一人何役もしながら劇をしましたが、声も動作も大きくビデオの記録を見せたいくらいです。
あと行事では、4つの分校合同のスキー教室がありました。隣町(富士町)に人工降雪機を使ったスキー場がありそこでスキーを楽しんでいました。子どもたちは覚えが早いので3年生くらいになると結構上手になっていました。九州の小学校ですからこういう経験はなかなかできません。
先生が目指す『へき地・小規模校の交流』
の取り組みとは?
少人数の子は出番が多く色々なことに挑戦できます。人の中に埋もれる6年間ではありません。ただ、活躍してもそれを人に見せることが少ないので、それを人に見せたり意見をぶつけたりする相手を見つけ、交流をしながら自分の考えを広げたり深めたりする。その手助けをしてくれるのがインターネット。
本当なら実際に出かけるのが一番、でも、それは移動時間や事故などの種々の問題が発生してくるので、それをクリアするためにはバーチャルな中での交流も、できる環境を最大限に使うと考えれば有効ではないか、ということです。

児童のみなさんのイイ瞬間を
お話していただけないでしょうか
もう忘れかけていますが、平成9年に朝日新聞のホームページコンテストがあり、それに何気なく応募したら小学校部門賞をいただいたのです。で、表彰式に児童2名と先生を招待すると言うんです。でも、その時4年生が1名(ごんぎつねの学習をした子です)と3年生が2名の計3名だったので2名を選ぶのは無理と言ったら、では、3名でも結構ですと言われ、私たち家族(私、家内、息子5歳と3歳)と子供3名で上京するつもりでしたが、それが地区の人の耳に入り1年生の保護者から自分の子供も行かせたいとの希望が出て、結局、保護者2名が加わり1年生3名2年生は欠学年3年生2名、4年生1名が2泊3日で上京しました。
表彰式と言っても、気分は物見遊山ですからディズニーランドやお台場のフジテレビに行ったりして、最後に表彰式に参加しました。舞台に上がった子どもたちは緊張していましたが、会場のスクリーンいっぱいに大写しにされた分校のホームページは忘れられません。
その時インタビューでマイクを向けられた3年生の女の子が、「パソコンで何をしていますか」の問いに「ゲームとか・・・」と答え会場大爆笑だったのは素直な分校の子たちだなと苦笑いしました。
21世紀の主役たちに送るメッセージ
分校の子たちには、人数が少なくても自分のできることを一生懸命やっている姿は感動的でした。家族や地域の人に優しく包まれかわいがられて育ったことを忘れずに過ごして欲しいなと思っています。
今の私の教え子たちには(唐津市の成和小学校6年1組)あなた方の命はみんな願われていただいた命です。立派に自分で育み大切に大きくしていってください。私たち大人が世話できるのはもう少しの間だけです。それから先は自分の手で立派な命にしていって下さい。
先生が今なさっていること
これからやりたいと思っていること
真剣にすると言うことはどういうことなのかを子どもたちには伝えていきたい。今の世の中は一生懸命することが軽視されすぎていると感じています。
結果より過程として真剣に精一杯何事にも取り組む、そんな子どもたちに育てられたらなあと思います。
教え子のみなさんに
これだけは頑張ってほしいと思うこと
後は自由でしなやかな発想のできる子がいいですね。

へき地・小規模校の交流 <RURAL-NET>
http://www.saga-ed.go.jp/materials/edq01446/
平之分校
http://www.saga-ed.go.jp/school/hirano-el/hirano.html