「国境の島・対馬」は、お隣の国「韓国」に49.5キロと近く、晴れた日には肉眼でも見えるほどだ。海岸沿いにはハングル文字で書かれた漂流物が浮かんでいる。海の向こうに「韓国」があることを実感する瞬間である。
「過疎化」「高齢化」は著しく進んでおり、私が赴任中にもいくつかの学校が統廃合となった。この春にも3つの中学校の廃校が決まっている。

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そんな対馬に赴任したのは4年前のことだった。大きな希望にちょっぴりの不安を抱いての新しい生活がスタートした。
大自然に囲まれ、スープの冷めない距離に親戚、親類がともに暮らし、温かい「絆」に囲まれた環境で過ごす子どもたちが本当に幸せに見えた。
ところが、である。かれらは保育所時代からともに過ごすメンバーが変わらず、いつのまにか互いの位置関係が決まっている生活に安住していた。
この子どもたちは、生涯今と変わらない環境で過ごすことはあり得ないし、今後幾多の人生の荒波が待っているかも知れない。「どんなことがあっても心の甘えを打破させたい」と常に願い続け、いろいろな世界を外から持ち込こもうと努力した。
しかし、現状打破の前には大きな壁がいくつもあり、数知れない誤解や非難が飛び交った。「ただでさえ忙しいのに・・・」「子どもたちの負担過重だ」そう言う人たちがいつもいた。
そうした中にあって、理解を示しお手伝いしてくださる保護者や地域の方々も確実に増えていった。
「これならやれる!」そう確信した私は、長年温め続けてきた「龍踊り」に取り組む決心をしたのだ。
「龍踊り」は長崎を代表する伝統文化で、長崎の文化に挑戦することでこの町に新しい文化を創りたいと思った。
ひと言に「龍踊り」と言っても全長20メートルもあり、数千枚に及ぶウロコも一枚一枚作る必要があった。暗中模索の中で取り組みを始めたが、自分自身の弱さに負けないために「公言実行」を掲げた。
全校生徒は27名と少ないが、まずその中で中心となって活動してくれる生徒を公募することにした。
フタを開けてみると、集まってきたのは昨年私が担任し、苦楽をともにしてきた生徒たちだった。本当にうれしかった。
インターネットで情報を集めたり、関係各所に問い合わせをしたりとあらゆる手を尽くした。
人の協力とは本当にうれしいもので「竹はオレが切ってくるよ」と校長先生。
「布は会社の余りを使えば」と申し出てくださった保護者・・・。ついに歩み出す時が来た。
炎天下の中、作業は始まった。設計図もなければ、何からどう進めていいのやらわからなかった。四苦八苦する姿に見かねて、校長、教頭先生御夫婦もお手伝いくださった。どこから聞きつけたのか保護者も一緒に汗を流してくださった。
「生活の知恵」「経験・体験」の強さを改めて感じた。生徒たちも部活動を終えてから、連日の作業に没頭した。
そんな毎日が夏休みの間中延々と続いた。
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順風満帆なことばかりではなかった。暑さによる疲労や中だるみ、実行委員の意欲維持との葛藤といつも背中合わせだった。「何とかしたい、しなければ」と意気込む一方で、一人で作業をしているとどうしても逃げ出したい気持ちになってしまう。今日これだけやりたいのに、明日に延ばしてしまう自分自身の弱さ。気の遠くなるような作業が続いた。
ある日「私は実行委員じゃないけれど、手伝ってもいいですか」と申し出る生徒が出てきた。保護者も夜なべで龍衆(龍を操る人)の衣装を縫い上げてくださった。11月の文化祭に披露するためには時間との勝負だった。数千枚ものウロコ作りは、作っても作っても先には進まなかった。中でも龍頭の制作には大工さんまで登場した。
作業は文化祭当日の朝までかかったが、何とか間に合い、本番を待つだけとなった。予想以上の龍体の重さに四苦八苦したが、生徒たちのアイディアで龍頭を受け持つ者が途中入れ替わることで問題は解決した。
本番、暗闇の会場に一筋のスポットライト。そこから龍は優雅に堂々と入場してきた。月を呑み込もうする様はまさに命が宿っていた。
文化祭を終えて、実行委員長は「今年、僕たちはいろいろな立場に立ち、文化祭に取り組みました。特に龍踊りは夏休みの間中みんなでがんばりました。(中略)いよいよ本番、踊り始めた瞬間にいろいろな苦労が吹き飛んでしまいました。今回の文化祭は僕の中で今までにないものを感じました。」と文化祭を振り返った。
私は「文化」は生まれるものじゃなくて「創り出すもの」だと思う。『文化』それはそこに暮らす人たちの誇りなのだ。わずか27名の学校に120名を越える人たちが集い、感動の大拍手の中に文化祭は幕をおろした。
ともに参加し、ともに汗を流した記憶は揺るぎない「自信」と「誇り」を未来に約束するでしょう。
原田先生の挑戦にエールを送ります。