子どもみこしが地区内を渡御すると御祝儀が出ました。これをプールして2年後には法被(はっぴ)とみこしを作り、活動資金ができたのも幸いでした。
私は10年でクラブの指導者をやめましたが、子どもみこしは今でも地区内の夏の風物詩になりました。
私は活動の中で子どもたちを楽しませる技術を身につけました。
それが紙芝居と凧などの工作指導でした。
昔話、民話の紙芝居は県立図書館や市民図書館で借り、今でも子どもやお年寄りに見てもらっています。

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しかし、ふるさと和歌山の昔話や民話のものがひとつもない・・・。それでは作ってみようと取組んだのが9年前。
和歌山の民話集をみつけ、その中から紙芝居を作ることにしました。
絵は子どもたちにふるさとを知ってもらう目的ならと絵画グループが協力してくれることになりました。
用紙も見つけ台詞は絵に合わせて、和歌山弁を生かした方言を取り入れ楽しいものに再話を自分でしました。そして練習を重ね、12月に子どもクラブのお母さんや子どもたちの前でやってみました。
舞台も新しいのを東京から取り寄せ自分も心機一転して拍子木を叩いて「始まり! はじまり!・・・」
「昔、加太にお梅さんちゅう人が住んでたんよ。お梅さん早よ主人を亡くして独り者やったんで魚の行商に廻り暮しをたててたんや。魚いらんかい、加太の魚やで、手々かむ鰯!」(以下省略)と売り声も演じます。

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この話は「ぼた餅地蔵」というのです。
この紙芝居が終ると一人の男の子が「この話おばちゃんに聞いたことある。」と言いました。私にとって嬉しい反応でした。
14話ある中で「ぼた餅地蔵」は一番多く演じています。
その後この民話には、昔の人の生き方が語られていることに気がつきました。
『主人公のお梅さんは一生懸命働き、親孝行で信仰心があって情深い人。
助けられた狐は恩返しをして悪い奴をやっつける。』勧善懲悪すなわち人間の生き方を子どもたちに教える内容になっているのです。
学校のない昔のこと、じいさんやばあさんが囲炉裏端で夜なべをしながら、とつとつと語ったのではないでしょうか。
今の道徳の本代りに民話があったと思います。
だから私は子どもたちにふるさとの文化の紹介だけではなく、紙芝居をこれからの生き方の道標として演じられれば、すばらしい活動になると思うようになりました。
工作の指導も今の子どもは高価な玩具を買い与えられて、遊ぶ喜びは知っていても作る喜びは知りません。
凧作りの時も「そんな凧は作れない」と頭から思っている子が、低学年高学年に関係なくいるのです。

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「切ったり、色を塗ったりすることはできるだろう。自分のできることはやって、後はおじさんと作ろう。」と私は励まして凧を完成させます。
そしてその凧が揚がると「おいやん! ぼくの凧揚った!」ととても喜びます。お父さんやお母さんにこの凧を見せるのだと大事に持って帰ります。
その子は自分の潜在した力に目覚めるでしょう。
両親や先生も早く子どもたち個々のよいところや得意なことを見つけてやって、長所を伸ばしてやってほしいと思います。
私は71才ですが、これからも子どもに夢を託して、継続は力なりと言うように、前記の活動をコツコツ元気に続けたいものです。
冬の季節はスポーツ少年団、ボーイスカウト、子どもクラブ、PTAといろいろな団体の子どもたちに凧づくりを教え、いっしょにあげて遊んでいるそうです。