この瑞瑞しき者
濱田 優

待ち望んでいた初孫誕生の瞬間がきた。
飛びっきり大きな産声が控室にまで聞こえる。家内と顔を見合わせて思わず微笑む。

産室から出てきた赤児は、懸命に生きようと顔を真っ赤にし身体を震わせて泣いていた。体重三千五百グラムの大きな女児。顔は猿みたいに皺くちゃではなく艶やかだ。少し間をおいてあらわれた娘は、目の周りの隈(くま)に徹夜の出産のやつれを残しながらも、大役を果たして誇らしげだった。

一週間後、娘と『結唯』と名づけられた孫が退院して来た。一ヶ月検診が終わるまで実家(うち)でゆっくりと過ごす予定だ。ところが万事順調とはいかない。

娘は産後の肥立ちが悪く、家内も体調を崩して半病人状態。それで娘の夫ばかりか、私にも育児のお鉢が回ってきたのである。孫が来たら、好きなように可愛がり、面倒なことは娘に――、と良いとこ取りをするつもりだったのに。

まず、赤ちゃんを沐浴させるのが上手とおだてられ、私はお風呂係になった。確かに、私の手は大きく、左手一本で両耳を押さえながら首を安定させることができるので、赤ちゃんは頭やお尻を洗う時も安心して身を委ねている。

沐浴剤を加えたお湯に赤ちゃんを入れ、ガーゼでくびれた部分を丁寧に洗うのはそう難しくないけれど、ひっくり返して背中を洗うときはチョッとしたコツが要る。娘がこわごわやっているところなど、とても見ていられない。

しかし、交代で添い寝をする夜の当番は、こう上手くはいかなかった。結唯はミルクもよく飲み、そう神経質でもないので、育てやすい良い児といえる。

ただ、夜中のお目覚めタイムには悩まされた。お腹もいっぱい、おむつも汚れていないのに一時(いっとき)ぐずる。どういうわけか、立ったまま抱いて揺すっていると大人しくしてくれるが、座ったり、重いので腕が痺れたからといって、おろしたりするとすぐ泣き出す。

真夜中、二、三時間おきにミルクを飲ませるだけでも眠くて辛いのに、夜泣きが止まらない時はこっちも泣きたくなる。いっそ泣かし続けておこうかとも思うが、休ませなければならない娘を起こさないように、辛くてもお相手をつとめざるを得ない。新生児の感覚に昼夜はなく胎内の延長と聞いて、これは娘夫妻の宵っ張りのせいだ、と恨んだ。

おじいちゃんになっての育児は疲れるが、ほぼひと月、孫と密着して暮らしたお蔭で、二人の関係は常ならぬ濃密なものになった。結唯は瑞瑞しさの塊、ミルクの匂いの沁みこんだ大きな白桃(すいみつ)だ。抱くと、搗(つ)き立ての餅のように柔らかく重い。

羽二重餅そっくりのぽっぺははちきれそうだけれど、大きな目は埋もれてしまうことはない。ちょっとつり上がった目をパッチリ開けて、覗き込む人の顔をじっと見つめ返す。色白の顔に黒い瞳とぺちゃ鼻に歯無しの小さな口、なんともとぼけた顔をしている。つくづく眺めると、まったくもって不思議な生き物だ。

何も解らぬ本人はキョトンとした顔をして、生まれ出た世の中を見まわしている。天国か宇宙の何処かからやってきて「ここは何処?」とでもいっているみたい。実際に結唯と接していると、二人の間に生命(いのち)が溢れ伝わりあっているような神秘的なものを感じる。

結婚披露宴で聞いた「親、子、孫をつなぐ輪の話」は、こういうことか。二十日ほど経つと、ときおり『天使の微笑』をふりまくようになった。邪気のない結唯の笑顔を見れば誰でも疲れがすっ飛ぶ。

一ヶ月検診で健康優良児と太鼓判を押され、幸い娘の体調も回復に向かってきた。娘たちが帰る日、私は最後まで結唯を離さず抱いていた。

今は時々しか孫に会えないけれど、何かあればすぐ駆けつけてもうひと奮戦するつもりで健康維持に努めている。

     

(東京都発信)

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