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旅の雑誌をめくっていて、スイスの青い湖、白い山、そして緑の麓に点在するの小さな村などの写真に出合うと、私の心はピクリと反応して目が止まる。そのまま十数秒、だんだん色濃く輪郭がはっきりしてくるポラロイド写真の映像のように、一人の女性のイメージが浮き出てくる。
欧州出張中のある週末、スイスに遊び、カペル橋が有名なルッツェルンから、バスと登山電車で標高3400メートル余りヨーロッパ最高駅のユングフラウヨッホに登った。
そのときのガイドさんが若い日本の女性で、長いカタカナの苗字は忘れたが、名前は咲子、数年前にこちらに来てスイス人と結婚している、と自己紹介をした。
彼女は、今までのガイドとは何か違った雰囲気を持っている。花ならば高貴なエーデルワイスというよりアルペンローズの花のような野性の美しさ。独特の語り口で、観光案内の合間に、面白いエピソードを織り交ぜて、旅人には味わえない生活感に溢れた話を聞かせてくれた。
スイスの6月は最高の季節、色とりどりの花が今こそ盛りと咲き乱れている。インターラーケンからグリンデルワルトを経て、標高2000メートルのクライネ・シャイデックで昼時になった。ここから眺めるアイガー、メンヒ、ユングフラウなどの白い山々の景色には圧倒された。駅の近くのレストランでたまたま彼女と同じテーブルにつくや、同行の仲間がさっそく尋ねた。
「ご主人とはどこで知り合ったの?」
ありきたりの質問に、彼女はうんざりして適当にかわすかと思ったところ、意外なことをさりげなく語りはじめた。
「実はあたし、元ヤンなのよ・・・」
以下、咲子さんの話――。
親が勧める短大に入ったものの、学校嫌いの彼女は、カミナリ族の仲間に入って、持て余す青春のエネルギーをスピードと爆音にぶつけていた。華やかなオートバイレースにも夢中になり、興奮渦まく鈴鹿サーキットにはしげしげと通った。
そこで、一人のスイス人レーサーと知り合い、瞬く間に恋におちる。彼と親しくなると彼女はヤンキーを卒業し、ひたすら二人の世界に浸る夢のような日々。しかし、鈴鹿の恋は長くは続かなかった。彼が、自分の才能に見切りをつけてほどなくレースを退き、故国でモーターバイクの販売店の仕事に専念することにしたのだ。
ここで彼女は、彼との出会いは〈良き青春の想い出のひとこま〉と諦めたりはしなかった。
彼を追ってスイスまで来て、親の反対など幾多の障害を乗り越え、ついに二人は結婚にゴールイン。そして資金を借りて独立しバイクの店をもった。その借金の返済に少しでも役立とうと、彼女はガイドの資格を取り、日本からの観光客を相手にこうして働いている。
健気に尽くすだけではない。夫の尻を叩いてある日本のメーカーのバイクを集中的に売るように仕向けている。何台かそこの車を売ると報奨制度があって日本に招待されるから、それで里帰りをするのが何よりの楽しみという。最近、彼女の両親もやっと二人を認めてくれた、と嬉しそう。
観光立国のスイスでガイドの国家試験を取得するのは、至難の技と聞く。勉強嫌いでツッパリをやっていた彼女にとって、言葉の問題から知識、マナーまで受験の苦労は並大抵ではなかったろう。訊けば「あたしの選んだ道だから」と屈託なさそうな笑顔で答えるが。
このスイスの休日では、美しい景観もさることながら、苦労を突きぬけた咲子さんの身の上話がリフレッシュメントに効いた。私の中の〈疲れたオジサン〉に強烈なパンチを浴びせられ、気合を入れられた。
いつの世でも近頃の若い者は・・・といわれるが、賢しら顔の大人の判断で若い力を侮ってはいけない。たぎる情熱とおじけない行動力で立ちはだかる壁を打ち破り、遠い異国で自らの人生を切り開いている若い女性もいるのだ。
あれから十数年。
アルペンローズのイメージと重なる彼女には、アルプスの山野にしっかり根づいて、いつまでも勢いよく咲き続けていて欲しい。
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