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手紙千本ノック
河合 文月

うちのおばあちゃんの物忘れが激しくなり始めたのは、ちょうど私が大学に合格して一人暮らしをするようになった頃からだった。

最初は、買い物で同じ物を何度も買ってしまうぐらいのちょっとしたことだったのだが時が流れるにつれて、いつも行っていたスーパーから帰る道を忘れて近所の人に送ってもらったり、財布を何度もなくしたり、しまった郵便物の場所がわからなくなり、母の勤務先に電話を入れたりと徐々にひどくなっていった。

それと同時に妹やおばあちゃんのお茶飲み友達から私に、
「ふーちゃんが家を出てから、おばあちゃん泣いてばっかりいるんだよ」と、連絡が入るようになった。

だがしかし実家まで、片道5時間帰るとなると1日仕事だ。そして学生だということもあり、そうそう帰ることは叶わなかった。

昔、祖母は大変気丈な人だった。軒下に巣を作っていたツバメを襲った蛇は、祖母によって素手で退治されたし、祖父との夫婦喧嘩で祖父の額を割ったことは、祖母の伝説のほんの一部に過ぎない。

我が家から自転車を盗んだ外国人女性2人組から自転車を取り返したこと、祖母によって井戸に吊された叔父のこと、祖母のもの凄い剣幕は陰で動力ミシンもしくは機関銃と呼ばれていたことからも想像してもらえるだろう。

色々考えた末、我が家の機関銃ばあさんに昔のキラメキを忘れないでいてもらうために、私がとった策とはズバリ“手紙を書く描く作戦”であった。

昼間、長い時間を一人で過ごすことが祖母の物忘れをさらに悪化させるとふんだ私は、この時間を抹消すべく手紙を書いて描いて書きまくった。
紙は事務用B5のOA用紙、封筒は100円均一で70枚100円の茶封筒。これで1通につき8枚を週に約2通。手紙の千本ノックである。

私が進んだのが美大だったせいもあって、画材はあふれている。もちろんイラスト入りで文字大きめ、行間広めの祖母規格の見やすさだ。我ながらホレボレ……という自己満足までさせてくれるという驚きの作戦だった。

結果は、というと何とも言い難いのだが、とりあえず実家の家族は喜んでくれたようだった。祖母に至っては何度も読み返しては仏壇の引き出しにしまい込み、しまってはまた読み返しているそうだ。

ひとまず、良かった。

だが、この手紙千本ノック、量が量なのでネタ探しが大変なのだ。友達のおもしろ話、ニュースで流れていた話題、最近の私のこと、電車内で耳にした会話、家族旅行の思い出話し、昨晩見た夢のこと………すべてをネタにした。

そして、身近な友達の顔、祖母の似顔絵、その時付き合っている彼氏の顔……… すべてをイラストにした。きっと個人でメールマガジンを発行していたら、こんな風になるんじゃないだろうか? と思ったりもしたのだが、読者が基本的に一人という私は圧倒的に分が悪い感がある。

しかし、祖母を飽きさせない&暇な時間を少なくするという大目標のために私は書き続けた。いつしか「寂しがって泣いている」というメールは届かなくなっていた。

時たま実家に帰ると、仏壇から溢れた茶封筒が祖母の裁縫箱、リビングの手紙ホルダーやテーブルクロスの下、電話台………至る所にしまわれている。自分で読み返すと照れるので触れないようにしているのだが、厭でも目に入る量なのだ。手紙の力か祖母は私のことを忘れていない。

私が歳をとった時、こんなに沢山の手紙を誰か毎週書いてくれるだろうか? たまにそんなことを考える。

祖母の生き方は、正しいと賛同するかのように増える茶封筒。
私に届くのはまだまだずっと先のようだ。      

(神奈川県発信)

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