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言葉の本
藤田 淳司

「この本もらえませんか?」
その一言から、この物語は始まりました。

もう八年前の話になります。
私は16歳の時に、プロのサッカー選手になりたくて、サッカーの本場ブラジルへと一年間留学しました。

ブラジルでは私と同じように「プロのサッカー選手になる」という夢を持つ人たちが、日本全国から集まって来ていました。

私たちは異国の人たちと、朝から晩までサッカーに明け暮れていました。楽しい日々は早いものです。いつのまにか、私の留学期間である一年が終わろうとしていました。

帰国前日の夜、私はお世話になった人たちに挨拶をして、寮の各部屋をまわっていました。
 
私が、最後に挨拶しに行った人が留学中、一番お世話になった人でした。同じ大阪出身で歳も近いこともあったので、一番仲がよかったのです。

その人と話しをしている時、たまたま、その人のベッドの上に「言葉の本」という手の平サイズぐらいの本が置いてあるのを見つけたのです。
「先輩って本読むんですね。」
私は少し鼻で笑って言いました。

「当たり前やろ! 教養や!」
わざと真剣な顔をしながら先輩が言いました。 

「面白いんですか? この本。」
なぜか私は、そのタイトルが気になって読んでみたくなってきたのです。

しかし、明日の朝には帰国してしまうので借りるわけにはいかないと思い先輩に言いました。
「この本もらえませんか?」

先輩は眉毛を寄せて言いました。
「なんでやねん! 俺もまだ読んでないのに!」

私は、断る先輩に対し言い続けました。
「そんな! 僕、明日帰るんですよ!」
「無理言うなよ!」
先輩は笑いながら、本をベッドの下に隠しました。

私は、心の中で「なんて心が狭い人なんだ」と自分勝手なことを思っていました。

そして、翌日。
ついに帰国する日を迎えました。

朝早いのにチームメイトたちが、寮の玄関前に見送りに出てきてくれました。長い間、お世話になった人たちと握手をしてバスに乗り込みました。

その時でした。
一番仲の良かった先輩が、寮の玄関から叫びながら走ってきました。
「アツシ! 待て! これ持っていけ!」

大きくかざす先輩の手には、昨日どれだけ頼んでもくれなかった本を持っていたのです。

「あー!先輩!くれるんですか!」
「アツシ、この本はまだ読むなよ! 日本に帰って、お前が何か迷ってる時に読め!」
息を切らしながら先輩はバスの窓越しから僕に本を手渡しました。

私がうなずくのと同時に、バスが動き出したのを今でもはっきり憶えています。
 
日本に帰国してから二ヶ月、また同じ生活が戻ったと思っていた私に新たな試練が待っていました。私は休学していた高校を中退したのです。理由は、他の高校へと転校したかったからでした。

しかし私は一年間、何も勉強をしていなかったし、高校へ入学できたしても二年も遅れをとることになるので、二つ年下の学生と高校生活をおくらなければならない状況になると思い、私は迷いました。どうすればいい。親にも迷惑はかけたくない。

その時に、あの本のことを思い出したのです。
帰国してから一度も開くことのなかった本。

先輩の言葉を信じて、自分が何かに迷っている時に開こうとずっと思っていました。そして、あの本を開くのは今なんじゃないかと感じました。

私は本棚から、先輩からもらった本を取り出しました。
本の表紙には「言葉の本」と書いてありました。

本を開くと、ところ狭しと私が嫌いな細かい字がページに書き綴ってありました。最初から読んでいましたが、今の私に必要ないことばかり書いてあったのでパラパラとページを飛ばしました。

「あれ?」
本のページ数が残り少なくなってきた時でした。 
何か変な違和感を感じるページがあったのです。

私の手は、その不思議なページへと戻りました。
そのページを見て私は驚き、思わず「うわー!」って叫んでしまいました。

そこには「言葉の本」の細かい字にはそぐわない、大きな汚い字が書かれていました。

「アツシへ 日本に帰ったらいろんなことがあるけど、逆境で頑張ったお前ならやれる!」

「アツシ先輩ならどんな壁が立っていても乗り越えていけます! 頑張ってください。」

そのページにはブラジルで一緒に頑張っていた友達、先輩、後輩からの私へのメッセージが書かれていたのです。

私は、まさかと思い、次のページもめくってみると、そこにもたくさんのメッセージが・・・。

そして、最後のページには一番仲の良かった先輩からのメッセージが書かれていました。こんなことをしてくれるのは、先輩しかいていないとすぐにわかりました。

私はこの本を読んだ後、高校へと再入学することを決め、半年後、希望校へと入学することができました。

あの時以来、私はあの本を一度も見ていません。
「言葉の本」と書かれた表紙。
本当に皆の暖かい言葉が書かれた本でした。

                         

(大阪府発信)

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