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扁平足
小池 晧司

第16代アメリカ大統領はエイブラハム・リンカーンだが、共和党の初代大統領であることはあまり知られていない。

咳き込む大統領を見て
「閣下、風邪を引かれましたか」と聞いた閣僚に
「どうも私は地面に接している部分が人よりは大きいらしくて」と答えたと言われる。
残されたリンカーン・エピソードの一つである。

身近な仲間すら恐怖に陥れる政治家は往々にして独裁者である。
民主主義を徹底しようとする合衆国は、人の意見には耳を貸さない強すぎる大統領を選んだことがないとも言われる。

国民投票で選別することができて、本当の民主主義と言えるだろう。
偉大な足跡を残しながら、悲劇的最期を遂げた190センチとさして大きくもないリンカーンを、米国民はなお巨人と呼び、敬愛してやまない。

リンカーンは扁平足ではなく巨足であったようだが、開拓者魂・アメリカン・スピリッツを大地から吸い上げた大きな足だったに違いない。

私は絵画のかたわら社交ダンスを指導している。
すでに15年になる。

多くは高齢者の生徒さんたちである。
健康は、足の裏から這い上がってくる。

テレビを見ても、ラジオを聞いてもあるいは本を読んでも、健康が保証されるわけではない。
ダンスの効用とは後退歩にある。
ステップの半数が後退歩なのである。

微弱な電気信号をパルスにして人体を刺激すると、神経や筋肉が目覚めて健康になるという治療法がある。

この案内書を読むと、足の裏にはたくさんのツボがあり、ツボは人体のあらゆる部分に通じている。
眼が心の窓なら、足の裏は体の窓と言えるかもしれない。

現代人は立派な靴を履くが、本来人は裸足が普通で、履いてもワラジのような柔らかなものだった。
世界52億の人間も、固い靴を履かない民族の方が多いのではないだろうか。

私の祖父は扁平足で、それを自慢し濡れた足で廊下に跡をつけ、それが上から見た足と同じ形にあることを示し、それでも俺は健康だと言わんばかり、百歳ちかくまで晩酌を欠かさずゆうゆうと生きた。

血気盛んなころは、とんでもないことを平気でやった悪党だったそうだが、長命であったことは確かに人生の勝利と言えるかもしれない。

足の裏は、何かを人間に教えているのではないかと思い、そのころ朝6時の散歩を日課にしていた私は畑道に差しかかると裸足で歩いてみた。

地べたほど春夏秋冬を伝えるものはなく、その変移によって人間の体調になにか重要な情報を与えているのではないかと考えたのである。

凍った地面を裸足で歩いたわけではないが、特に気にもしないうち一年が過ぎ、過労で衰弱していた心と体を健全な状態に戻すことができた。

病気になると甘いものを欲しがるが、健康体は水でさえ甘く思えるから、それが散歩の動機となり結果となった。

調子が悪くなると歩くという基本に戻り、その効果を実感し、健康は幸福の代名詞であることを芯から悟ったものである。

社交ダンスというのはウォーク、歩くことが基本である。
扁平足だからダンスは苦手とはならないだろうが。

祖父が95歳まで生きたことを思えば、扁平足が体の障害であるとは思えない。
短距離選手にはいないかも知れない。

人間の体から出るもので、きれいなものは一つもない。
ふけ、あか、汗、鼻水、例を上げるまでもないだろう。
それらは毒を吐き出すという意味で体にとっていいことなのである。

ある意味で言葉もまたきれいではなく、そして健康のために吐き出さなければならない毒なのかもしれない。
「物言わざるは腹ふくれるわざなり」日本の諺にあるとおりである。
父も母も私の子供たちも、そして孫にも扁平足はいない。

自分の欲に忠実に生きれば悪党になる。
普通は遠慮という公共性があり、ひいては社会性となって程々に生きることを学ぶのである。

じいさんは勝手を言い通し、自分流を貫き悪党のまま健康で長生きした。
ついに骨と皮となり枯れ木のようにまでなったが、それでも意識だけはしっかりしていた。

最後まで介護した母に感謝しながら往生した。
いいのか悪いのか、爺さんの扁平足が私にだけ遺伝するとは・・・。

                         

(神奈川県発信)

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