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父と歩く。ずいぶん久しぶりだ。
母も、姉たちも、妹も、そして夫も一緒に。箱根の山を、ずんずんと。
歩くこと小一時間・・・。
なんでこんなことになってしまったのか。
家族でのんびりと、箱根温泉旅行に来ていたはずである。
そして、メインイベントは箱根駅伝の観戦。それはまちがいない。
私の家族はそろいもそろって箱根駅伝ファンだ。
父の駅伝好きが子供の私たちにうつったのだろう。
夫へは私がうつした。
駅伝熱の感染経路はざっとこんなもの。
「一度でいいから生で観戦したい」
いつしか『正月箱根』の野望が、私たち家族にムクムクと確実にふくらんでいった。
平成十四年秋「箱根駅伝観戦ツアーやるんだけど、参加しない?」との姉からのありがたいお誘いを断ることなどどうしてできよう!
両親と妹を招待することにし、箱根結集計画が着々と進められていった。
年明けて、まちにまった決行日。
両親と妹は愛媛からの長旅だ。駅伝観戦に向け体調を整えるために、前日の元旦に箱根入りする。
何年ぶりかに家族が全員集合したのは、新宿の小田急ホーム。
箱根湯本へ向かってゴー!
今年七十歳の古希を迎える父は電車、飛行機、また電車の旅に少しお疲れの様子。
それでも、念願の正月箱根とあって上機嫌。
宿の振舞い酒をあおり、夕食前にひとっ風呂とばかりに、早速温泉へ向かった。
夕食の話題はもっぱら翌日に控えた駅伝往路。
箱根湯本は往きの最終区間なのでお昼ごろだ。
観戦ガイドを見ながら、どこで場所とりをするか相談する。
年配の両親を疲れさせたくないとの配慮から、湯本駅前か、函嶺洞門が妥当か。
駅前は混みそうだから、函嶺洞門のトンネルを出たあたりにしよう。
観戦は初めてなので、何時ごろから場所とりすればよいか勝手がわからない。
少々早めだが午前十時にホテルを出ることにした。
一月二日。ぴったり十時にホテルを出て、目的のトンネルを目指して歩く。
夫と私が道案内に先頭に立つ。
ほどなくやってきたが、場所とりをしている人は一人も見えない。早すぎたか・・・。
「待っとくだけもつまらんけん、登ってみようや。途中に喫茶店でもあったらコーヒーでも飲みながら時間つぶしたらええけん」
父の一言でトンネル横の歩道を通過し、駅伝の山登りルートを歩くことになった。
箱根は寒く、自然と日陰での観戦はイヤだなあ、日なたを探そうとしてしまう。
三十分ほどたったころ、頭上に陸橋が見えてきた。
箱根登山鉄道だろう。現在、塔ノ沢あたりか。
ひと休みといきたいところだが、喫茶店はまだ見えない、それどころか自販機さえ見かけない。
「お父さん、日当たりええけん、ここらにせん?」
「まだ十時半で。どうせ十二時半くらいやろ、選手が通るがは。上がれるとこまで歩こうや」
父はまだ登る気満々。六人が後に続く。スタスタスタ。父の足取りは軽快である。
さすが毎日朝の散歩をしているだけある。
今日は革靴だからあまり無理しないほうが・・・。
さらに三十分経過。大平台に到着だ。
テレビ中継でも見覚えのある急カーブ。
中央大学の横断幕と応援団がいた。絶好の観戦ポイント。日当たりも良い。
「お父さん、ここにしようで」
ようやく父も上るのをやめた。
「旗配ってくれんがかな。せっかくやけん、旗振りたいで」
だが、小旗を配っている気配はない。
選手通過予定時間までまだ一時間以上ある。
山登りの途中にひと息する場所がなかったので、父が何か飲みたいと私たちに訴える。
「すみません、近くに飲み物を買える場所ありませんか」
腕章をつけた人に声をかけてみる。
「この先の駅のそばに神社がありますから、そこで甘酒をふるまってますよ」
父は大平台の駅めざしてさらに上る。母はしかたなく続く。
両親を見送ったあと、中央大学応援団の人が近づいてきた。
「中大を応援してくださる方にこの旗をさしあげます」
もう、旗振れるならなんでもいい。
喜んで中央大学応援団の一員に。
両親の分の旗ももらい、駅前にいるであろう父母を捜す。
いたいた、ちゃっかりベンチに座っている。
「お父さん、旗もろたで。これ振りなはいや」
「やっぱり革靴は足痛なったな。ここで座って観戦すらい」
だって、止めてもきかなかったのは貴方でしょうに!
翌日の復路はホテルに程近い箱根湯本駅前で観ることになったのだった。
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