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去年の春、私の住む街でも無料のIT講習会が始まった。
パソコンは以前から使っていたが、一度きちんと習ってみようと思い、受講することにした。
会場は車で数分の中学校。
夜の時間帯だったので、勤め帰りらしい中年の男女が多かった。
初級講習だったが、まったくの初めてという人は少なかった。
私と同じように、パソコンはできるけれど、もっと有意義に使いこなしたいという人がほとんどだった。
その中に、一人の老人がいた。八十歳近い私の父と同年代に見えるその老人は、一番前の席で講師の言葉一つ一つに大きくうなずき、質問をし、助手の若い女性を独占してパソコンの操作を習っている。
まるで、講習会はその老人一人のためにあるようだ。
しかし、それを迷惑がる人はいなかった。
年老いてからも学ぶ意欲を失わずに、元気にどんどん質問する老人は、私たち中年の受講生にとって向上心を刺激される存在であり、また、どこか、ほほえましくもあった。
そして、その老人のおかげで、講習会は和やかな雰囲気になった。
老人のそばから離れられない助手の代わりに、受講生が互いに教え合うことを余儀なくされたため、私たちは、初対面のその日から、すぐに打ち解けて、親しく言葉を交わすようになったからだ。
自己流の知識を整理できたというメリットはもちろん、多くの人たちと親しく交流しながらパソコンを学んだ四日間の講習会は、私にとって楽しく有意義なものだった。
Aさんというその老人とも、何度か、ちょっとした会話を交わしたが、年齢はなんと私の父よりも上の八十二歳だった。大学生の孫とメール交換をしたくて、パソコンを始めたのだそうだ。
何かに挑戦することを億劫がり、新しい知識を取り入れることのできない自分の両親のことを考えると、Aさんの知的好奇心の強さには、感心させられた。
しかし同時に内心では、こんな年寄りにパソコンの習得は無理だろう、講習会に来て、それを自分でも分かったに違いない・・・。私はAさんのことを勝手にそう解釈していた。
半年後、中級の講習も受けることにした私は、別の会場に行った。
そして、そこでAさんと再会した。
私は、思いがけない相手に出会った驚きと喜びで、すぐにAさんに話しかけた。
「中級を受講するくらいまで、上達したんですか?」
私のその問いかけに、Aさんは、まるで少年のような若々しい笑顔で答えた。
「メール交換だけでは、飽き足りなくなってね。ホームページを作ろうと思うんだよ」
その言葉に驚いている私に、Aさんは、さらに言った。
「この中級講習は一度受けたんだけど、ちょっと理解できないところがあったから、もう一度受けようと思って、キャンセル待ちをしていたんだよ。それで、やっと今回、受講できるんだよ」
目を輝かせてそう言うAさんを、私は、その瞬間、大好きになってしまった。
孫とのメール交換でさえ無理だろうと思っていたのに、ホームページの作成のために、自分のスキルアップをしようとするなんて。
しかも一度講習を受けてみて、理解できないからと諦めるのではなく、キャンセル待ちまでして同じ講習会に参加し、学ぼうとしているのだ。
なんて素敵な老人だろう。
私たちは、一緒に中級の講習会を卒業し、互いのメールアドレスを交換して別れた。
その日以来、Aさんは私にとって一番年上の、でも一番若々しい友人になった。
今年になってから、Aさんのホームページができあがった。
時間をかけてじっくりと作られた、とても良いホームページだ。
戦争中の体験や、病気で先立った奥様のこと、教師時代のエピソードなどが載せられ、趣味の短歌や川柳、パソコン挑戦日記というコーナーもある。
今後は、自分史をパソコンで編集して、本にする予定だそうだ。
私の方は、ホームページ作成は中途半端な状態で行き詰っている。
日常の雑事に追われて、じっくりと何かに取り組むことなど、なかなかできそうもない。
でも、Aさんを良いお手本にして、いくつになっても知的好奇心を失わずに、若々しい心で生きていきたいと思う。
両親にもAさんのことを話して、なんとかパソコンを・・・と思っている。
Aさんに出会えたIT講習会は、人生を半分以上過ぎてしまった私にとって、今後の自分自身を考える良いきっかけになったと思う。
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