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「おばちゃん、流行の先端いってるねー。」
昨年の一月末に、地元新聞でインターネットラジオのディスクジョッキーが募集されていた。
店に来た若者に話すと目を丸くした。
「インターネットラジオって何だろう?」
私の好奇心の虫がモゾモゾと動いた。
思いついたら先ず行動だ。
スタジオに見学に行こう。ダッシュ!!した。
中央区の私のフルーツ店から、白石区にあるそのスタジオまで車で四十分。
電話予約はしたものの、新しいことにチャレンジするのは久し振り。
大きな胸?がワクワク、ドキドキ。
そもそも三年前、果物屋さんのホームページを立ち上げてから、テレビの取材が増え、全国雑誌や地元の雑誌に、私の手作りのニシン漬け紀行が紹介されるようになってから、IT革命が進んでいるのが実感できた。
我が家にも二年前パソコンがお目見えして、息子から情報を聞くたびに、時代は急ピッチの速さで進んでいるのがわかった。
私のお店は札幌の繁華街、ススキノにあるので、観光で訪れるお客様は年間八百人ほどである。若者も多く、カップルも多い。
「パソコン持ってる?」と聞くと、八割の人たちが「持ってるよー」と答える。
「おばちゃん、声の出るインターネットしてるの。聞いてね」とアドレスを渡すと、みんなニコニコしながら「帰ったら開けて聞くからね」と持ち帰ってくれる。
一ヶ月わずか十五分。それで二千五百円を支払って、好き勝手なことを話している。
一度発言すると、六ヶ月間流れるので便利になっている。 題して「千代子のすすきのこぼれ話」
パソコンを持っている文通友達や、マスコミ関係の知人等、全国ネットの知り合いにアドレスを送ってスタートさせた。
話題は山ほどあるし、遠い昔、電話交換手としてならした美声(?)がやっと生かすことができる。
何しろ、顔写真は画面に出してはいるけれど、細かいシワも見えないし、声年齢は二十代(?)で通している私だから、打ってつけのチャレンジになった。
十五分で二話ほどトークをするようにしているが、ステキな男性のアシスタントに顔を赤らめながら、初回にもかかわらずポンポンと自由な言葉が飛び出して、われながらウマク行きそうな予感がした。
昨年の二月からスタートした。
初回は三百人足らずのカウントだったが、三百人もの人が私の話を聞いてくれたことを知って感動を覚えた。
今では二千人近くなった。
一ヶ月に一度、スタジオに通うのが楽しみである。
お店での一期一会の出会いの感動や北の味覚の果物の宣伝。
そしてラーメンの美味しい店の紹介等々、話題満載である。
昨年の六月にラーメンの名付け親のゆかりの方(息子)さんをスタジオにお招きして発信したのが、大人気だった。
八月は有名演歌歌手が十三キロもあるデンスケスイカを買いに、ご夫婦でお店に来てくださった話も盛り上がった。
九月にスタジオに行くとスタッフの人が「スタジオに来ている音楽関係の茶髪の若者が『このオバちゃんの話おもしろいから、毎月楽しみにしているんだ』と言っていたよ」と教えてくれた。
とっても新鮮な感動がした。 そして私のキャッチフレーズを「茶髪の若者から、九十代のご婦人まで」と、幅広く聞いてもらっているイメージを作った。
遠い昔(二十歳のOL時代)、人前で話ができず職場十訓を読み上げるだけで、声が震え、額に冷や汗をかいていた私がいた。
それでも勇気をふりしぼって、積極的に人の前に出るように自分からし向けた。
結婚式のスピーチも二つ返事で受け、友達のお祝いで歌を歌って歌ってと頼まれると「OK」。
「女は度胸と元気」を売りに生きてきた。
気がつけば五十代を半ば越えている。
「いいのいいの」年なんか。年だけじゃないよ人生は、声が元気なのが私の取り得なんだから。
近ごろの若者はエンリョということを知らない。お店の中に私の雑誌の写真や、ネットのスタジオ風景の写真を貼ってある。
「おばちゃん、写真の方がずーっといいしよ!!」
「これってイエローカードだよな」言いたいこと言いたい放題である。
たまにはすっぴんで店に立つと、じーっと写真と実物を見比べているお客様もいる。
それでも昨年は十月から年末まで地元テレビ四本、ラジオ、十ゴヤテレビ、それから全国ネットの女性週刊誌に紹介され売れっ子母さんになってしまったのだから・・・
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