.
「おお、しばらく会わないうちに、おまえ・・・。冴えないオンナになったな。」
相手からの熱烈なラブコールで重い腰を上げて久しぶりに会った男に、開口一番、そんなセリフを吐かれた。
冴えない? 何よ、私のどこがっ、まで言いかかって、続ける言葉が喉から出ない。
腹の底からは怒りが込み上げているのに、頭はそのセリフを、
「その通りでございます」と受け入れてしまっている。
言い返してこない私の様子を見て、さらに畳み掛けるように言う。
「髪型のせいか、とも思ったけど、それだけじゃねぇんだな。服でもない、うん、おまえ自身の雰囲気がな、前会ったときより全部ワンランク落ち込んだ感じ。シケた感じ。」
なんて残酷なことを言うんだろう。
でも、彼の言葉には一理ある。
彼と私は、3年前まで同じ会社で働いていた。
名の知れた大企業の子会社で、世の中が不況にあえぐ中、大した働きも出来ない新人でも、冬のボーナスは60万円出た。
私は初めて手にした大金に浮かれ、高額の化粧品やブランド品を買いまくり、ちょっと上物のスーツを着込んで「デキるOL」を装った。
しかしその後、職場の女性たちとのトラブルから体調を崩し、休みがちになり、フェイドアウトするような形でその職場を辞めてしまった。
辞めた同じ月に、今度はウェブサイトを運営する会社にアルバイトとして入り、正社員だった最初の会社に時代に比べて、月収は半分以下、ボーナスも残業手当もない、生きてゆくだけで精一杯の生活を続けている。
現在、着るものも食べるものも化粧品も、彼の言葉通り「ワンランク落ち込んだ」のは本当だ。
そして東京の有名サロンへ行くお金をケチって地元で飛び込みで切ったせいで、持参した雑誌の写真とは似ても似つかない、変な髪型にもなってしまっていた。
「髪型と、服がね・・・。ほんと、自分でも情けないよ、正社員になれないしさ、また会社はイヤなやつでいっぱいだしさ。そう、遊ぶお金もなくってさ。今日はおごってよ。」
「だから、俺が言ってるのは、外見だけじゃないんだって。まあいいや、取りあえず、メシ食おうぜ。おごるのは分かったから。いい店、連れてって。」
「ごめん、分からない。最近、いい店なんか入ってないから。ワンランク下のスポットしか知らない。綺麗な店は、綺麗で金持ちのカップルとかばっかりだから、冴えない私なんかが入れるところなんかない。」
「なんだよそれ。最低だな、いや、外見じゃねえよ、おまえの・・・。まあ、分かったから、どうでもいいようなそこらへんの店入ろうぜ。続きはあと。」
私と彼は、駅の改札を出てすぐの雑居ビルへ向かった。
5階のイタリアン系居酒屋の個室に通され、適当にカクテルと料理を頼む。
しばらくしてカクテルが出てくる。
おざなりの乾杯をして一口飲む。
何も考えずに選んだ一杯だが、ほんのり甘くて美味しい。
さっき言われたことへの怒りが少しばかり薄らいだ。
思わず頬が緩むのを自分でも感じた。
美味しいね、と一言呟くと、彼は、良かった、と笑った。
それから言った。
「今、おまえさ。やりたいこと、やれてるの? 会社辞めるとき、おまえ、次の仕事の話で楽しそうでしかたない顔しててさ。引き止める気もしないし、残った俺とかみんな、おまえが羨ましかったぐらいだ。
かっこいいと思ったよ。
理由はまあ、人間関係色々あったみたいだけどでも、安定捨てて、やりたいことやるために出ていく勇気とか。
俺がおまえを冴えなくなったって言ったのは、今日会ったとき、おまえの中からあのときの覇気とか目標とか、そういうのが全部消えてたから。
結局また、今のところでも同じように小さないざこざに神経使って、仕事は仕事で不満だらけなんだろ。せっかく俺と久しぶりに会ったのに、笑顔もなくて『会社の不満を愚痴りたい』ってオーラ出してたんだよ、おまえ。そりゃ、そんなやつを誉められるかよ。」
はっとした。その通りだ。
私はこのところずっと、心に不満を抱えて、愚痴っぽかった。
物事の捉え方も言葉使いも、否定的だった。
日常は面白くないことだらけで、自分ばかりが不運で損をしているような気がしていた。
でも、その「不運」の本当の原因は、自分の中にあったのかもしれない。
ネガティブな想いはネガティブなオーラを発生して、それが自分を取り囲んでいたのだろう。
今日、億劫だなと思いながらも、彼に会って話せて良かった。
彼がずばりと指摘してくれなければ、私はずっと冴えないオーラを身に纏ったまま、不運のスパイラルに巻き込まれてしまったかもしれない。
「ありがとう。もう一度、自分に気合入れ直してみるよ。
次会うときは、美人オーラ出してるから、覚悟してね。」
そう言うと、彼はちょっと得意げな顔をした。
「まあ、困ったことがあったら、いつでも俺に相談しなさい。
俺なら、大抵の悩みは、解決してあげられるから。」
こいつ、なんて自信家なんだろう、と思いながら、でも、なるほどそう言われると、頼れる立派な男に思えてくる。
私って案外単純なんだな、と自分に半ばあきれながらも、今日からの目標を心に決めた。
自分に、自信を持つこと。そういえば、自分の周りにいる美人も、顔の造作がどうか、というよりもまず最初に本人が、自分に自信を持っていて、それがその人の立ち居振舞いを、内面をより美しく作り上げているタイプが多い。
彼らは仕事でもプライベートでも、たおやかだけれどエネルギーに溢れていて、それが人を惹きつけているのだ。
全ては心がけ次第、その気になれば、女はいつからでも魅力的になれるのかもしれない。
よし、それならば。
「今度、じゃなくて、私、今この瞬間から綺麗になったから、よろしくね!」
「・・・まあ、うん。じゃ、そういうことにしておいてやるよ。あと、そう、仕事、頑張れよ。じゃ、冴えてる美女にカンパーイ。」
私は美女だぞ。そう思ったら、明日会社に行くのも、不思議と楽しみに思えてきた。
カクテルのグラスがかち合うチンッ、という音も、なんだかとても軽快に響いて、これから楽しい毎日がやってくる、そうに違いない、そんな気がした。
|
.
|
掲載作品に対するご意見、ご感想をお待ちしております。
このページの下部にあるメールボタンを押してお送りください。