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最低だった。
親に死なれ、ようやく入った会社は三月でクビ。
貯金は限りなくゼロに近く、フトコロは不自由そのものなのに、なぜか世間からフリーターと呼ばれる身となった。
せめてヤケ酒でもかっくらい酔いつぶれたら、少しは絵にもなったろうが一滴も飲めぬ下戸ときているから、格好がつかないったらありゃしない。
思いきって妹に「オレ、死んでもいーかな?」と言ってみたら
「死ぬ人ならソーシキ代くらい稼いでからにしてよね。」
とキツーイとどめの一撃を浴び、無一文のままでは恥ずかしくて、死のうにも死ねなくなってしまった。
まるで、ありとあらゆる不幸がつまった、不幸の幕の内弁当を食っているような気分だった。
そんなある日、台所で里イモを見つけた。
キレイに半分に切られていた。
多分正月に食うつもりで、忘れられそのまま台所の隅で冬眠し、春を迎えたのだろう。
小さな芽が出ていた。
縁側に腰掛けながらどうしようか考えた。
二つにされ、死ぬことも生きることもままならぬ様が、何となく今の自分に似ているな、と思った。
捨てるには惜しい。かと言ってもう芽が出てしまっているから、今さら食べてもまずいだろう。
ふと庭の片隅に目がいった。
薄汚れたカラの植木鉢が転がっていた。
それを見た時、心が決まった。
庭土を鉢に盛り、芽の出たイモを中に入れ
「おメーはすでに半分死んでいる。だから、おメーの名前はハンシロウだ。」
とダジャレで勝手に名前をつけてやった。
つけられたイモとしたら、たまったもんじゃなかったろう。
こんなくだらない理由で命名されたのだから・・・。
そうして庭のど真ん中に鉢を置き、その後は無責任にも(名付け親のくせに)ほとんどその存在すら忘れてしまった。
おや? と思ったのは梅雨の頃だった。
目をこすって見直すと、ハンシロウは見違えるくらい大きくなっていた。
細くて小さくて弱々しかった芽は、今や太くて大きくてたくましい茎になった。
すぐ枯れて死んでしまうと思っていたのに、何とまあ見事な死にぞこねぶりではないか。
さすがこのオレが見込んだ奴だ。
大体最初に見た時から、フツーのイモとはどっか違うと感じてたんだ。
今の今までその存在すら忘れていたとは思えぬげんきんなセリフを私は口にした。
それから時々ハンシロウの様子見て、気が向けばごくたまに水をかけたりした。
夏になると、ハンシロウは立派な葉をつけた。
何とうちわほどもある。
こうなると、古くて小さな植木鉢にはもう入りきらない。
植木鉢から大きなプランターへと、ハンシロウを引っ越しさせた。
秋、ハンシロウは実をつけた。
拳ほどの大きさの奴を何と五つも・・・。
やはりこいつ大物だった。
今日の今日まで手塩にかけて大切に育ててきた甲斐があったわい。
世話どころかろくに水もやらなかったくせに、実に図々しいセリフを私は口にした。
そして冬、ハンシロウは呆気なく枯れ、死んだ。
不思議と悲しみはわかなかった。
むしろ「よくやった」と心からほめたたえてやりたいような、思いっきり拍手してやりたいような、清々しく痛快な気分だった。
まるで、十五ラウンドを力一杯戦い抜き、試合終了のゴングと共に力尽き、倒れたボクサーに対するみたいな。
ハンシロウの事は、それで終わったのだが。
時々どうしようもなく落ち込んだりする。
そんな時、ふとハンシロウの事を思い出す。
うちわみたいに大きかった葉っぱと、拳みたいに固く重かった五つの実を。
半分死んでたハンシロウだって、あそこまでやれたんだ。
半分死んでいる今のこのオレだってまだまだやれるさ。
できるさ。
そう思っていつのまにかちょっぴり元気になっている自分に気づく。
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