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スーパー父ちゃん
竹内 祐司

「はあ・・・。」
車を止めエンジンを切った私はためいきをついた。
「もう、次の電柱も見えなくなったなあ。」

マラソンランナーは鉄壁の精神力を持っていると思っていたが、そうではないという。
いつも、やめたいという気持ちが襲ってくるのだそうだ。

そんな時、あの電柱まで走ったら、やめよう。
そう思いそこまで走る。そして、次の電柱まで走ったら・・・、そう繰り返しながら完走するのだそうだ。

これまで、私にも人生においていくつかのピンチがあったが、それを乗り越えられたのは、その考えのおかげだった。

だが、今回は、次の電柱が見えなくなっていた。
私はシートを倒し、薄暗くなってきた空を見ながら、職をかわってからのことを思い出していた。

転職して半年。

そろそろまわりの人たちも“入ったばかりだから仕方がないよなあ”という目では見てくれなくなっていた。
だが、私ののみこみは自分が思った以上に遅いものだった。

もともと、手先が器用だったり、気がきいて、ぱっと動けるほうではない。
弟が一人いるが四つ下だ。ほとんど幼児期はひとりっことして育った。

競争相手はいないし、大人は私を保護してくれる。
そのせいだけではなく、もともとの性格もあったと思うが、私は鈍のほうだった。

それでも勉強は好きだった。
一人で遊ぶことが多かった私は、よく本を読んでいたので、勉強は苦にならない。

それに、授業中わからなくても、自分のペースで復習をすれば、あとで理解できた。
つまり、人の見ていないところでの努力が可能だったのだ。

そんな私が、はじめに就職した接客業からなぜ転職したのか。

それは、家族との時間を作るためだった。

お客さんが混んでいて、早くさばかねばならない時には、多少、動作の遅さがネックにはなったが、話しを聞いてあげたり、根気よくお客さんの悩みにつきあうことは、苦にはならなかったから、業種的にはサービス業は向いていたと思う。

だが、接客業は人と暮らしが反対になる・・・
お客さんは喜ぶが、家族からは父親を奪う業種だ。

私は家族のため、時間ができるということに絞って職を替えた。
それが製造業の現場だったというわけだ。

簡単に考えていた。
人間のやることだ。できないわけない。
だが、人間には性格というものがある。

できないことはないだろうが、高いところが嫌いな人が高層ビルの工事には、あまり向かないだろうというのは誰でもわかる。
ところが、私は自分のそれまでの性格と、あまりに向かないところに入ってしまった。

毎日、怒られる。私がのろのろやってできないことを、先輩は瞬時にやってしまう。
その間、ぼさっと立っていて怒られる。

何かトラブルが起きると、どうして気がつかなかったんだ!と雷。

上司も
「おまえ、本当にこの仕事が向いてないなあ。
考えたほうがいいんじゃないのか。」
と真面目にいう。

そんなことが毎日続いた。
朝、出かけるとき、吐き気がするようになった。

大体が、ええかっこしいだったのだ。
家族のために、向いてない職種だけど転職して頑張るなんて・・・。

家族はもちろん喜んだ。
だが、私はちっともうれしくなかった。

私は家族のために犠牲になるつもりなんてない。
いっしょになって、家族の時間を楽しむはずだったのだ。

それがどうだ。私だけが輪から外れている。
それに腹が立ち、家族に当たると、娘はおびえた。

妻は娘に
「お父さんは、私たちのために、仕事をがんばって疲れているの。うるさくしないのよ。」と言い聞かせた。

娘たちはうなづいた。

おかしい。私は思った。変だ。
こんなことじゃ転職した意味がない。

逃げよう。
私はシートから起きあがり、車を走らせた。

本屋さんで就職情報誌を読んだ。
だめだ。そんな虫のいいところなんてない。私は絶望した。

友人に電話してみた。あまったれんな!とどやされた。
ますます追い詰められる感じだ。

どうなっちゃうのかなあ。
吐き気だけでなく、下痢や頭痛も起きていた。


そんなある日のこと、娘の保育園で運動会があった。

私は世間の父親と同様、ビデオカメラをまわし、娘を撮っていたが、心はちっともそこになかった。
カメラ越しに娘を追いかけていると、なんだか人だかりができていた。

どうしたんだろう。アップにしてみるとどうもテントのひとつが倒れている。
私に何ができるでもないが、野次馬根性で行ってみた。

どういうわけかテントの支柱が折れ、倒れてしまっていた。
保母さんは女の人ばかりで力もない。
お父さんたち数人がいろいろやってもだめだった。

私は思った。
なんだこれ、いつも会社で起きるトラブルと同じじゃん。

私は大きい角材を持ってきて、いつも上司がやるようにテコを使って、ほかにも普段やりなれている方法で、テントを元に戻した。

それを見ていた園児たちが大騒ぎした。

「すげえ!あのおじさん、すげえ!かっこいい。
なんだ? あの人、おまえの父ちゃんか?
すっげえなあ。スーパー父ちゃんだなあ。」

言われた娘が胸を張っている。
目頭が熱くなった。まずい。涙が出そうだ。
私はすっと車に逃げ帰った。

そうだ。のろまだってなんだって、毎日こつこつやってれば少しずつ上達する。
会社じゃ認められなくたっていいじゃないか。
子どもにとって、誇れる父親を見せられたんだ。

それからも相変わらず、私は職場で怒られる日々だ。

でも、もう大丈夫。

私には、電柱よりもすごいスーパー父ちゃんの称号がもらえたのだから。

                         

(愛知県発信)

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