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介護は、突然、やってくる。
そう実感したのは、正月気分もまだ抜けきらない、一月七日の朝だった。 その日、朝六時半、ジョギングから帰り、私は玄関先の雪を払った。
かじかむ手をこすり、台所にいったが、火の気がない。
家内が起きていないのだ。
単なる寝坊かと、ジョギングの服装のまま私は、居間の隣に寝ている家内に
「どうした?具合でも悪いのか?」と軽い気持で声をかけた。
返事がない。
おかしいと思い、部屋の襖をさっとあけた。
すると「今朝、起きようとしたら、腰が、刃物で刺されたように痛くて・・・」と力のない声で、家内がいう。
見ると、額に脂汗をにじませ、じっと痛みに耐えている。
その姿は、病気らしい病気もしてこなかったいつもの、元気のいい家内とあまりに落差が大きく、私はびっくりした。
「なんで急に・・・」と聞く私に、とにかく同じ姿勢でいると、床に触れている部分がキリキリ痛み、横向きになろうとすると、背骨がまた腰の筋肉に刺さるので、体を動かせないのだ、といった。
それでも同じ姿勢でいられない家内は
「おとうさん。腰の下に手をいれ、静かに支えて・・・」といった。
そうかと私は、両手を腰の下にいれ、そうっと持ち上げる。
とたんに「あっ、だめ!」。
あわてて私は、手を引く。
「だめだ、腰は・・・。手を引っ張って・・・」と家内は、手を出した。
外から帰ってすぐだから、冷たいよと断って、私も手をさし伸べた。
しかし、この年齢になっても、家内の手を握ることにちょっと気恥ずかしさ感じ、ちゅうちょする。
早くといわれ、家内の手を握った。
その瞬間、私のそんなやわな気恥ずかしさは、すぐ吹っ飛んだ。
家内の手は、長年、家事や野菜作りに明け暮れ、男の手のようにかたく、ごつい。
その感触に私は、改めて、家内はこのごつい手で家族を支えて来たのだ、と思った。
そういえば、ついこの暮れから新年にかけても、家内は、このごつい手を使いっぱなしではなかったか、と思ってみる。
先月二十五日に息子家族が帰省し、今月二日に戻っていった。
その間家内は、食事の準備で、台所に立ちっぱなしだった。
しかも、年越しとあって、いつもより多くの品数を作った。
孫とも遊んだ。
いや、四歳の孫とは遊んだが、あの重い一歳二カ月の孫を、若夫婦を買い物にやって、おんぶした。
それから・・・。そうだ。
孫達が帰って二日後に、家内の弟の新年会に呼ばれ、帰りは飲んだ私に代わり、家内が運転した。
あいにくその日はかなりな雪で、弟の家を出た四時頃は、先が見えないほど降った。
国道に続く田んぼ道は、白一色の雪景色で田んぼと見分けがつけにくい。
その白さに惑わされ家内は、車を左側の側溝に落とした。
飲まねばよかったと、私が自己反省する前に、家内は自分を責めていた。
薄暗いなか通りがかった人に、ワイヤで引っ張ってもらい脱出したが、その時、家内は素手で車を押した。
そして、脱輪の責任を感じたまま家内は、国道を走った。
あれこれ考えると、そのごつい手がいとおしく、私は家内の手をしっかり握り直した。
体を動かすのは少ない動きですむが、トイレはそうはいかない。
細身の私に家内は、ぐっと寄りかかる。
辛うじて私は、持ちこたえる。
そろりそろりと家内は立ち、一寸きざみに、足を運ぶ。
そして、トイレの中。
尻をふくのに、体をよじれない。
だが、幸いにも、便器に温水装置がついている。
私は、普段使わないその装置に始めて、スイッチを入れた。
その夜は、痛いやら、のどが乾くやら、トイレにいきたいやらで、家内は、一睡もしなかった。
しかも、私を呼ぶ声が低くてほとんど聞こえない。
これではと、日頃何かと鈍い私も二階から蒲団をさげ、居間に寝た。
私たちは、長男、次男とも遠くに離れ、今はよくある夫婦二人きりの生活だ。
そして、お互い趣味、好みが違うからと、二階に私が寝、家内は一階に寝ている。
家内の隣でなく、居間に寝たのは、かえって、気を使うかな、と思ったからだ。いや、それより、私のいびきがうるさいかも、と思ったりした。
四日目。
医者嫌いの家内も我慢できなくなり、とうとう病院へ行くといった。
車へ乗るまでしっかり手を握る。
なまじっかだと、滑る危険がある。
医者は、腰に注射をうち、湿布し、簡易コルセットを手渡した。
その夜、注射が効いたのか、家内はよく眠った。
こうして、突然、夢想だにしなかった家内の介護をすることになり、今ようやっと、老後の介護実習をしたと、笑っていえるようになっている。
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