切り札は俺だ
満川 恒郎

受験生というのは、今も昔も大変なモノだ。
先日も、とある病院の相談室で臨床心理士としてカウンセラーもどきの仕事をしている妹の元に、そのような受験生の一人が相談に来た。

一見して生真面目な優等生タイプで、親や周囲の期待に何とか応えようと痛々しいくらい努力しているのが分かったという。
彼は一生懸命、それこそ死に者狂いで勉強したが、思う通りには成績が上がらず志望校合格も難しいというので、すっかり元気をなくし疲れ果てていた。

「そんなにガンバラなくていいんだよ。」とか
「若いってことは失敗していいってことなんだよ。」とか妹は色々言葉を尽くして慰めたり励ましたりしたが、彼は溜息をつくばかりで

「ボクなんかもうダメなんです。」
と弱々しくつぶやくのがやっとのありさま。

こりゃアカン。このままじゃノイローゼで自殺しかねんわ。この子。
何とか元気にする方法はないかな?
ない知恵を雑巾みたいにふり絞った挙げ句、妹は一番しょうもない切り札を出した。

その切り札とは、他でもない。
兄であるこの私のダメぶりの暴露である。
妹は悩める彼に向かってごく明るい、のんびりした口調で言った。

「あんたなんかまだマシな方よ。ウチの兄なんかねエ。10年近く浪人してマグレで大学入ってお情けでやっとこさ卒業させてもらったのに、就職試験でまた落ちてついでに資格試験にも落っこちて、仕方ないからフリーターになっているよ。

お金も職も彼女も家もなくて、あちこちの公募にしょうもない作品ばかり送って落選しまくってる。それでも図々しく、いけしゃあしゃあと生きてんだよね。あの人。」

言い終えた瞬間。彼の両目がパッと輝いたと言う。
そうして。
「ホントですか? いやあボクも今の今まで自分のことダメだダメだと思っていたけど世の中、上には上が。イヤ。下には下があるもんなんですねえ。何だかボク元気が出てきちゃいました。」
と言いながら、まるで生き返ったみたいに、うきうきと元気いっぱいの楽しげな表情で帰って行ったという。

後日。
妹からこの話を聞かされた時、なけなしのプライドをズタズタにされた私はさすがに猛烈に腹がたった。

しかし、少し経つと気づいた。元気になったのは彼ばかりではない、実は。
彼を元気にするイケニエにされた私の方が彼よりもっと元気になっていたのだ、と。

そう。妹からこの話を聞かされるまでは、他でもないこの私自身が誰よりも元気をなくし落ちこんでいた。

自分なんか世界一ダメな奴だ、この世からいなくなったって少しも惜しくない役立たずなんだ。
そう思っていた。

それが妹の話を聞いて大きくかわった。
こんな俺でも、いや。
こんなダメでしょうもない俺だからこそ、時には役に立つこともあれば人の心を救えることもあるんだと、そして。
つくづく感じた。

思えば、元気というものはホントに不思議なモノだ。
無理に他人から奪おうとすれば半分にも10分の1にもへってしまう。
けれど、他人にあげることができれば2倍にも10倍にも100倍にもなる。

今も、あの時と状況は大してかわっていない。私は相変わらずさえない日々を送っている。

けれど、これだけは言える。
私は、今、元気であると。

                         

(静岡県発信)

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