我が人生の師
佐藤 貴典

僕は自殺を考えたことがあります。

バイト先の店長に頼まれ、僕が金融機関からお金を借り、それを貸してしまいました。店は倒産し、店長は逃げてしまい、今どこに居るのか分かりません。

借用問題については、警察も取り入ってくれず、知り合いなどを通じて探してもらっていますが、おそらく見つからないでしょう。貸した額は、ざっと100万を超えます。このお金を毎月5万円ずつ返していかなければいけないのです。

ある日、それが親にばれてしまいました。部屋の中にあった支払いの明細書を見られてしまったのです。母はこれまで私に見せたことのないような怒り方をしました。父は無表情で、黙っていました。

そんな中、嫌なことは重なるもので、思いもよらないことが起きました。

その時つきあっていた彼女が、妊娠したというのです。もちろん私の子です。予定外でしたが、彼女は産みたいと言い結婚を迫ってきました。

女性というのは、いざとなると強い者だということを痛いほど知りました。なのに大の男の僕は、莫大な借金と予期せぬ妊娠とが重なり、絶望のどん底にいました。

いっそのこと死んでしまえば、悩みもすべて吹き飛んで楽になるのでないかと、本気で考えるようになりました。
妊娠のことも彼女から聞いた母は、さらに煮え返るほど激怒しました。

ある日、母は僕を居間に呼び出しました。
そして、涙を流し、半狂乱になり、
「あんた、借金ある身で妊娠なんかさせてどうするつもりなのっ。子供なんか育てられるわけないじゃないのっ。」

僕も投げやりな気持ちになっていたので、
「堕ろすしかないだろっ、堕ろす金はまた借金でも何でもして作ればいいだろっ。」

と言い返すと、母は、
「あんたは人の命を何だと思っているのっ、あんたの子どもなのよっ。」
言われると僕もカッとしてしまい。

「だったら、俺が死んでやるよ、俺が死ねば保険金がおりて、それで借金返して子どもも育てりゃ良いだろっ。」
つい、とんでもないことを口にしてしまいましたが、僕は本気でした。

とうとう母は、僕との言い争いに敗北したとでも言わんばかりに、その場に大声を上げて泣き崩れてしまいました。僕はもう後には引けない、本当に死ぬしかないと考えていました。 

少し離れて黙って一部始終を見ていた父が、僕の方にずんずん近寄ってきました。僕は殴られる、と、とっさに察しました。殴られて当然の行動をしていることを自覚している証拠でした。

しかし、父は穏やかな顔で僕を手振りでその場に座らせ、自分も畳の上にあぐらをかくと、ゆっくり話し始めました。

「今一番辛いのはお前だということはよーく分かる。借金も妊娠もたまたまなってしまったんだもんなっ」
父の僕に対する意外な同情の声に、私は声が出ませんでした。父はそのまま、話を続けました。

「でもな、借金と妊娠を一緒に考えては駄目だ、借金は、お前の親切が裏目に出ちまったんだから、本当に不幸なことだ。でも妊娠は、幸運なことじゃないか、子どもができなくて悩んでる人は、たくさんいるんだぞ。

お前はあっさり作りやがって、宝くじに当たるくらい、嬉しいことなんだぞ。お前は、それを分かっていないっ。

金は働けば、何とか作れるが、お前の命や赤ん坊の命はそれぞれ一つ、一度無くすと、二度と同じ物を作ることはできないんだっ、よく考えてみろっ。」

僕は、下を向いたまま、当分顔を上げられませんでした。

自分がどんなに愚かだったかということを、父の言葉に気づかされずにはいられなく、情けない気持ちでいっぱいだったからです。

父は、最後にニコッと笑いながら、
「やっちまったことは、しょうがねえっ、悔やんでても、過去に戻って直せるわけじゃねーんだから、それより、やったことをこれからどう駒を進めて行くか、考えればいいべ。」

現在、僕はあの時の彼女と結婚して、もちろんあの時、妊娠していた子(娘)と幸せに暮らしています。借金も何とか返しています。

これからは、嫌なことや、不幸なことが起きても、悲劇のヒーローにでもなったつもりで、前向きに対処していきたいと思います。

なぜそんな風に思うかというと、先日大ヒットしたアメリカ映画をビデオで観ていたら、こんな台詞が入っていました。
「辛い目に会うと、皆、そう思うが、それより大切なのは、今、自分が何をすべきか考えることだ。」

この台詞は、不幸な運命を背負った主人公が、なぜ自分にばかり、と自暴自棄に陥っているところを師である老人が、そう言って慰めるのです。

あの時、父が僕に言った言葉に、そっくりではないですか。

僕にとって父は、いつも元気が出るよう、良きアドバイスをしてくれる、それこそ師のような存在なのです。

                         

(福島県発信)

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