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落葉人生のCDE
ラクヨウジンセイのシーディーイー
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根岸 久英
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古希と呼ばれる人生の節目を越して3年も経つせいか、北朝鮮による拉致事件の経緯と決着が気になるくらいで、近ごろ他のたいていの事件には驚かなくなってしまっている。
不景気と騒がれる様々の経済指標にも鈍感で、もっとも世界大恐慌が起きた昭和4年という生まれ年も、よろず不感症じみた近来現象の手助けをしているのかも知れない。
唯一気がかりと言えば、せっかくの年金が将来的に多少とも減るのではないか、というおぼろげな危惧くらいだろうか。
昔から大病知らずで、生涯で入院の経験は中年期20年越し身内に暖めてきた痔疾を、米国への長期出張に備えて切除した折の一週間の記憶しかない。
職を退いてからも「一病息災」を信条に、年1回の成人病検診は欠かさず、いつも指摘される軽度の高血圧症とは、そこそこにうまく付き合ってはきたつもりだ。
つまり、毎夜欠かしたことのない晩酌でも、つい声をあげがちの、
「もう1本」を家内から、やんわりと、
「どうして、まだこのうえ飲みつづけるの。明日という、日がまたあるのに」
歌の文句めいた口調でかわされると、つい納得して、しぜん二日酔いも遠のく寸法だ。
ともに働く仲間から離れた退職者は、当然ながらゴルフや登山などのグループ・スポーツとも縁が切れる。いきおい無為に過ごす家居の時間が増えるのを嫌い、スポーツ・ジムに通い出してもう十年になる。これも高血圧療法のひとつだ。
家から車で10分足らずの近距離にある立地条件の良さと、汗を流しきったあとのちょっとした温泉まがいの入浴施設の利用が会員料金に含まれているのとで気に入っている。
生来の好事家で、新奇な物事にはすぐに触手が伸びる。普遍の興味を充たしてくれる源泉として、私に永く続いた趣味が読書だった。
無論雑読で、国産本としてはいまどき古典を原本で読める最終期の読者として万葉集、源氏から、現代物では近頃の直木賞作家まで含まれる。
英米物ではごく少数の古典のほかは、フレミングやフォーサイスらのエスピオナージ系のペーパーバックが圧倒的に多い。
昨今だいぶ衰えかけた語学力だが、彼らの小説はテンポが早くあまり辞書のお世話にならずに済むところもありがたい。
ここ1年、筆記具代りのワープロからパソコンに切り替えた途端、興味の埋め草がまたひとつ増えた。月極め定価のADSLを利用した電子メールのやり取りと、インターネットの活用によるテーマ選ばずの情報蒐集は、日々の暮らしに確実に精彩を加えている。
好奇心とは、一日中付き合っても飽きない。
3年前の定期検診の結果、軽めの動脈硬化が下肢に発生していることが分かった。今すぐどうという危険はないにしても「永年放置すれば脱疽になる可能性が、なくはない」と家庭医学全書に記述してある。ホーム・ドクターに投薬を依頼すると同時に、足腰の鍛錬をねらってジムでのエアロビックに参加することにした。
季節によりクリスマス・キャロルになり、折にはマンボに、またときにはパラパラにもなる四拍子を基調とした音楽に乗って半ば踊るに似た手足の運びは、傍目で見るより複雑でしごく厄介でもある。
始めた当初は当然ついて行くのがやっとで、自然クラスでも最後方に陣取っていたのが、ずいぶんと馴染んだこの節はけっこう前の方に位置して張り切っている。
1時間ぶっ通しで週に3度、ほとんど女性ばかりのエアロに休まず通う理由のひとつに、インストラクターが揃って美人なせいが大いにある。
老人が三美人にこけにされぬためには、まず身なりがきちんとしていなければなるまい。常にこざっぱりする目的のお陰で、Tシャツは6着分新しく買い求めた。靴もナイキのエアを履く。
エアロにはまってから、道行く美人たちにも、ストーカーまがいの目で見られぬ範囲でしぜん好奇の視線が走り、そうなると堀辰雄ばりに「美女歩みぬ。いざ生きめやも」の心境の中でまた明日への元気が湧く。
「興味」の英字はキュアリアスティ。「しゃれけ」のそれは、ダンディ。色気は「エロティシズム」。3つは奇しくも順にCDEと並ぶ。
つまり、人間に必須のビタミンにそれぞれCDEがある如く、落日の私のその日暮らしにもCDE はどうやら不可欠のものであるらしい。
「ABCは物の始まりだが、CDEは老後落日人生の鉄則だ」
妙な発見にひとりほくそ笑みながら、また明日の興味を探し、多少洒落た服を身に着け、ごく僅かな色気に胸を燃やし続けている。
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