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私は小学校の頃、とても太っていました。そのことを、普段はあまり意識していなかったのですが、体育の時間になると、どうしても意識せざるを得ませんでした。
なにしろ、運動はからっきしだめ。スポーツのできる人を見て、とてもうらやましく思いました。スポーツは才能だと思いました。もちろん、運動会のリレーは毎年ビリで、校内マラソン大会は、ビリか、ビリから2番目でした。
そんな私は、中学校に入学した時、テニス部に入部しました。理由は良く覚えていません。 私の中学校のテニス部は、県内でも強い方で、練習もハードでした。太っていて運動神経の悪い私にとって、練習は人一倍過酷でした。
ある日、一人の同級生に「俺、やめたいな」と打ちあけました。すると、彼は私に向かって「あっそ」と言いました。
確かに、私は部の中でも戦力外だったので、その対応は自然だったのかもしれません。
しかし、彼の一言は、私に火をつけました。
それ以来、私は毎日誰よりも一生懸命練習しました。
誰よりも強くなりたいと思いました。
39度の熱が出た時も、はきながら練習試合に出ました。家でも、毎日500回の素振りを欠かしませんでした。そして、1年生の新人戦で、私はレギュラーの座を獲得しました。
試合は一回戦負けでした。そして、以前私に「あっそ」といった彼に、またもやバカにされました。私は三番手、彼は二番手で、彼の方がうまかったのです。
それからも、一日も休まず練習しました。
誰よりも強くなりたかったのです。
テニスの練習に励んでいるうちに、思わぬ副産物が得られました。
脂肪がどんどん落ちて、筋肉がついていったため、体重が減少し、スリムな体型になったのです。
そのため、同じ学年の生徒からは、話題沸騰でした。男子からも女子からも、私は誉められました。保健の先生にも、「太っている人達の希望のために、作文を書いて」と頼まれるほどでした。
このことには、私はうれしかったのですが、少々戸惑いました。何しろ、小学校時代、太っていることでばかにされたり、いじめにあったり、良い思い出がなかったので、皆さんが私を絶賛してくれたのは、私にとって生まれて初めての経験だったからです。
しかし、副産物はそれだけではありませんでした。テニスの練習を日々ハードにやっていたら、他のスポーツも上手くなったのです。50メートル走では、学年10番以内、マラソンでは学年20番以内、昔できなかった懸垂が10回以上できるようになるなど、うれしいことずくめでした。
小学校時代、夢にまで見た「スポーツのできる人」に私はなれたのです。その時初めて、今までハードに練習してきて良かった、と私は思いました。
3年生最後の大会では、私は結局地区大会3回戦までしか進めませんでした。私をばかにしていた例の彼は、県大会ベスト8まで進むことができ、彼は推薦で高校に進学できました。
ずっと彼とは仲が悪かったのですが、私は最後の大会で彼を必死に応援していました。彼とは今でも親友同士です。
スポーツを通して素晴らしい友人ができるというのも、中学校3年生にして初めて知ったことでした。
中学に入るまでスポーツは才能だ、できない奴はできないんだ、と思っていた私は中学校で思いきり努力して、スポーツ万能になることができました。
また、それまで内気だった私は、努力する間に多くの友人ができ、外向的になりました。
努力すれば夢が叶うことを知りました。
大学生になった今でも、この努力する姿勢は多大に役立っています。
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