元気な仲間
松橋 昌道

私には、大学時代から、付き合っている男がいる。
出会いは、受験の帰りの列車の中だった。

のっぽでがっちりした男で、見ず知らずの私に近よってきて、甲高い声で
「おー、お前もN大を受けたのか? 受かったら、頼むな」

人の気持ちなんか、まったく気にしないで、私の横に座り込んで、郷里のゆかりの上杉謙信の話を、1人でしゃべりまくった。
「数学は自信あるのだが、英語がまったくだめなんだ」飄々と下車して行った男だ。

幸い2人は合格して、同じ学部で学ぶことになった。

間借りした三畳の部屋は、大家さんの住宅の奥にある学生専用アパートで、その先は、高いコンクリートの土留が、大学構内と区切っていた。

私や彼は受験生活から開放された自由を満喫しながらも、学部別のクラス編成による、女子学生の少なさに、物足りなさを感じて毎日を送った。

初夏になると砂浜の続きにある大学の構内は、アカシアが満開となり香りが満ちた。女子学生の白いブラウスが目にまぶしかった。

「おい、教育学部へ行こう」女子学生の多い学部の講義にもぐりこんで、周囲をキョロキョロした。2年目は一般教養課程の最後で学生生活に慣れた私たちは、仲間の下宿を行き来し、語り合った。

私の部屋の窓と直角に隣家の部屋の窓が開いていた。首を伸ばさない限りのぞけない。むんむんする夜、隣の窓からも、声がもれる。

若い女性の声だ。アカシアが香る。姿は見えない。彼は首を伸ばして隣の窓をのぞこうとする。

「おい、よせよ」こちらは、気が気ではない。アカシアの花びらが側溝に吹き寄せられる夕方、隣家の門に向かう若い女性に出会った。目が合った。ニコッと微笑んだ。
彼の羨むこと。夏休みから戻ってくると9月だった。

専門課程への引越し準備、部活で1ヵ月はばたばたと過ぎた。
声をかける機会はもうなかった。彼は不得意なドイツ語に失敗し、1年留年することになった。

専門課程に入ると、私は美術部で暇さえあればデッサンやスケッチで暇をつぶした。
彼が遅れて1年後に来たことも、ラグビー部に入ったことも気にしなかった。

就職活動は厳しかった。県内の建設機械製造会社へ設計部員として入社した。翌年、彼が就職してきた。
「腐れ縁だなー」。

設計課での彼の行動は、自由奔放だった。課長や部長とすぐ、仲良くなる人柄だった。

しかし、実務上は抜けが多く、私とは時々話が合わなくなった。
入社して10年で、私はシベリア向け車両の設計を担当した。

彼は、検査課に転籍して試作車の性能評価が仕事となった。
騒音規制と極寒地でのエンジンの始動性を重視した難しい車だった。
防音と保温を充分にすれば要求はクリアーする。しかし放熱が悪くなり、オーバーヒートする。

設計担当の私は彼と、この兼ね合いで、議論を繰り返した。何回も吸音材を張り替えた。「まだ解らないのか。」「もう一度調べて来い。俺は帰るからな。」上司の烈しい叱り声が飛ぶ。
納期は、とっくに過ぎたのに、不具合がちっとも、解決できない。

「ビリビリ、ピーピーなりやがって!」照明、暖房の止まった工場は、しんしんと冷え込んで寒い。異常個所捜しは、毎日徹夜騒ぎだった。
午前の仕事が軌道にのった10時過ぎだった。工場内に緊張が走った。

峠を越えてきたトラックの運転手が「グレーダーが谷底に転落している。」と知らせてくれたのだ。

構内放送が、主だった者に召集をかけた。「彼だ!!」私はとっさに事態を把握した。朝一番に、彼が「これから試験走行をやる、同乗しないか?」と誘ってきたのだ。

私と上司との打ち合わせが長引いてしまい、待ちきれず彼は、1人で試験走行に出てしまったのだ。彼が死ぬなんて思いもしなかった。それぞれに仕事を任され、自信過剰気味にもなっていた。

救援隊から連絡が入る。彼は無事。
キャビン内の吸音材と大型シートにはさまれて抜け出せなくなっていたが、ほとんど外傷もなく収容された。気丈にも大声でガスカットの炎が燃料に引火することを注意していたそうだ。

数ヵ月後車両の量産が始まった頃、会社に復帰した。

残業が終わって独身寮の遅い食事を済ますと、さー乾杯だ。「われらの可愛いメッチェンのために!」「わがオンボロ会社の社長のために!」批判、理想が混ざり合って、議論に花が咲いた。
設計者にとって彼は、邪魔者にも相談相手にもなる。
彼は客の代弁者になって妥協を許さない。

あれから、30年近くが過ぎた。
建設機械業界は何回もの不景気に見舞われ、リストラ騒ぎが続いた。
私は建設機械と縁を切って、故郷で再就職した。

今年の連休に、突然彼から電話が入った。
「どうしている?俺会社おこした。食うだけだが、何とかやっている。逢いたい。」

私はすぐに温泉で落ち合うことにした。思いを胸に指定旅館に集まった。若い頃の面影を残しながら、相応にふけて、今の健康を祝した。

若き頃の情熱を懐かしんで、今に続く友情を互いに感謝して、何回も、何回も、乾杯を繰り返して夜が更けた。

                         

(長野県発信)

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