母の美学
長坂 隆雄

健康を誇っていた90歳の母が、新春早々骨折し緊急に入院した。
同居していた長兄が突然に亡くなり、生まれ育った田舎を離れ、次男である我が家に同居するようになってから10年余りの歳月が流れていた。

予想もしない都会での同居であったが、生活の変化に流されることもなく、周囲の環境にもしだいに溶け込み、老人会をはじめ周りの人々とも、長年の知り合いのように接していた。
まさに、明治女のたくましい精神力を見る思いであった。

母が我が家に同居して2、3年の後であったろうか、ある日母から1通の書類を渡された。
それは献体登録会員証であり、保護者として同意書への私の署名捺印の依頼書が同封されていた。

「人一倍長生きをさせてもらって、多くの人に迷惑をかけ、お世話になった。
私のせめてもの世間への恩返しに、亡くなったら私の体を医学の研究に役立ててほしいのよ。

貴方に前もって相談することもなく登録して、いろいろと迷惑をかけるかもしれないけど、了解して同意書を送っておいてほしいの。
私が死んでも通夜も葬式も、ましてお墓も一切必要ないからね。私の最後の我がままと思って了解して欲しいの」

初めて耳にした母の言葉に驚きはしたものの、健康な母の現状を思えば、遙か遠い将来の問題と、深く考えることもなく献体の同意書に署名捺印し書類を送付した。

突然に入院した母を前に、改めて身近な現実の問題として私の心にのしかかってきたのが、献体問題であった。
改めて母の保管していた会報を開くと、次のような文章が目に入った。

『献体は強制を伴うものではない。会員が亡くなられても、御遺族からの通報がない場合が多く、せっかく献体の登録をされていても、その意志が達成できなかった御本人の無念さが偲ばれる・・・。
献体という行為は、自分1人だけでは達成できない。生前どんなに堅い意志をもっておられても、その意志を尊重し、協力される方がなくては、献体を完結することはできない・・・』

健康な時には献体登録をしても、実際に死を身近に感じ始めると登録を取り消す人が多く、登録を取り消さなくても、残された家族が献体届けをしないことが多いのであろう。

魂の抜けた肉体は、単なる枯れ木と何ら変わらないと思えば気も軽くなる。
しかし、子どもとして母の死後の肉体が、研究のためとはいえ、切り刻まれることを想像すると、私の心は大きく揺れた。

母の容体は目に見えて弱ってきた、死は早晩決定的と思えてきた。
母に献体の意志を改めて確認すべきかと思った。しかし、それはあまりにも残酷ではないかと躊躇していた。

入院して約1ヶ月後のことであった。
いつも控えめで物静かな担当の看護婦さんが目に涙を浮かべて、私に意外なことを打ち明けた。
「お母さんが、こんなことを私におっしゃったんですよ。

―私は亡くなったら献体することになっているので、私の体は預かりものなのよ。
なるべく傷めたり、傷つけたりしたくないの。少しでもきれいな体で研究台に昇りたいの―

そうおっしゃいました。
大変なお母さんですね。私は感動で胸が一杯になりました」
話し終えた彼女の前髪がたらりと落ちた。

私の迷いは瞬間に消えた。
本人の意志を尊重することこそ、最高の葬儀ではないかと思った。

その2日後、母は静かに息をひきとった。
看護婦さんが見開いたままの母の瞼を、手の平で優しく、そっと包むようにして閉じた。看護婦さんの目から涙が落ちた。

最後まで迷うことなく自分の意志を貫いた母に、私は改めて明治女の強さを感じ、圧倒される思いがした。

私は母の子である誇りを終生忘れることはないだろう。

                         

(千葉県発信)

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