あいさつからもらった元気
浅野 憲治

希望退職してからは、することがない。

退職が突然だったから、心の準備が何もできていなかったのも原因のようだ。
朝は会社に通っていた時間に目が覚めてしまうから、余計につらい。
毎日、家の中ばかりに引きこもり運動不足になってしまう。

特に趣味というものもなければ、町内会活動にも関心がなかった。家族以外の人と会話をすることもない。こんな状態を解決しないと、会社に行っていた時とは別の意味のストレスを感じてしまう。

そこで考えた。
隣にある小学校の近くの横断歩道には、市が委託した交通安全のための誘導員がいるが、50メートルぐらい離れた国道の横断歩道には誰もいない。車の交通量を考えると国道のほうが断然に多い。この国道の横断歩道でボランティアの交通誘導員をすれば、運動不足の解消と子どもたちの交通安全に役立つと。

そこで国道の横断歩道を、数日間観察することにした。
黄色い旗入れは設置されているが、肝心の旗は1本もない。排気ガスが多い。交通量は、想像以上である。大型車も走っている。

子どもたちは、信号が変ると一斉に走って横断歩道を渡っているが、信号が変ると同時に飛び出すと、直進車を待っていた右折する車と接触しそうになることが多い。
危険な交差点である。

やりがいのあるボランティアかもしれないと思い、実行に移すことにした。
手製の黄色い旗を1本持ち、交差点に立つと、最初は恥ずかしさと誰からも頼まれたわけでもないという後ろめたさを感じた。

が、しかし子どもたちが集団登校でまとまって来ると、恥ずかしさも後ろめたさも忘れ、自然と
「急に飛び出したらダメだよ。あの車が行ってから」
とか
「2列に並んで、大きい子は、小さい子の手を引いて」
などと、学校の先生にでもなったような気がしてくる。

次々に登校してくる集団登校の子どもたちを渡し終えても、遅れて一人だけで登校してくる子どももいる。

学校が始まる時間になると、登校してくる子どももいなくなる。ホッとすると同時に、久しぶりに疲労を覚えるほど緊張していた自分に気づく。

こうして1日目は夢中で終わったが、1週間もすると余裕が出てきた。誰からも苦情がくる様子もないことも、緊張感を和らげた。

最初は、
「おはよう」
の言葉もかけられないほど緊張していたが、あいさつの言葉も言えるようになった。
「おはよう」
と声をかけると、黙って横断歩道を渡っていた子どもの中から、少しずつ
「おはようございます」
の返事がかえってくるようになった。

それがしだいに大声になり、子どもたちから先にあいさつの
「おはようございます」
の声がするようになった。

横断歩道を走って渡ることがなくなったのも、あいさつをしやすくしたのかも知れない。横断歩道の中央まで出ていって、身体を張って子どもたちの安全な通学を援助しているのだという自信もわいてくる。
右折する車に注意する余裕も出来てくる。

子どもたちを冷静に観測する余裕もできるようになると、遅れて1人だけで登校する子どもは限られているということも分かってきた。
「どうして遅れるの?」
と、聞くこともできるようになった。遅れて来る子どもは一様に元気がない。「いじめ」にあっているのかも知れないと心配になる。しかし、朝の瞬間の出会いで、それを判断することはできない。

今では
「おはよう」
とあいさつをすれば、子どもたちの方からも一斉に
「おはようございます」
と、可愛い声が返ってくるようにもなった。

なんでも三日坊主になってしまう私も、今度だけはどうやら長く続けられそうである。そのために、もう少し大きめの黄色い旗を作ろうとも思っている。これからは、多分に自信がないが、遅れて1人だけで登校する子どもをなくすよう努力したいとも思っている。

子どもたちの、朝のあいさつを受けると、元気になる。

今の時代、資格もなく、誰からも頼まれたわけでもない純粋なボランティアに対してさえ、いろいろ苦情を言う父兄が多いとも聞いている。

苦情を言われたら返す言葉もないし、責任も持てないから止めざるを得ないと思っているが、それまでは子どもたちと
「おはよう」
「おはようございます」
のあいさつの交換をして行きたいと思っている。

交通誘導員をボランティアで始めてから、体力にも気力にもしだいに自信が湧いてきた。

再就職へ向けての活動も、子どもたちのあいさつからもらった元気を持って乗り切りたいと思っている。

                         

(愛知県発信)

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